Phase.448 『ニートと老兵 その5』
草木が生い茂る森が、真っ黒な闇に包まれた。ここには、月の光や星の輝きも届かない。わんさと重なりあう木の葉に遮られ、緑の屋根に覆われてしまっている。僅かに隙間から、空がどんよりと曇っている事が解る。
焚火。メラメラと燃えあがる炎をじっと見つめながら、俺とジジイは晩飯にありついていた。飲み水はある。菓子パンとバナナ、予め作って持って来たゆで卵を食べた。干し肉や缶詰なんかも持ってきてはいるが、それは最後に回す。
ジジイは、目的を果たして拠点に戻るまで、トータル5日間位かかるかもって言っていた。覚悟はできている。それならそれでいいが、何かよからぬ事態に陥った場合、帰りはもっと遅くなるかもしれないと思った。なら、保存のきく食い物は、最後まで大事に持っていた方がいいと判断した。ジジイもそうしている。
パチパチパチ……ピシイッ!
たまに炎の中で、枝が弾けるような音がした。それが心地よくも感じる。しかしやはり、拠点の外というだけあって、焚火の方を向いて座っていると、無意識に背中が気になってしまう。いきなり何かに後ろから襲われたりしないかとか、考えてしまう。それが普通にありえる世界だ。だが望む所だ。
ジジイに目をやると、何やらナイフを片手に、拾った枝を削って何かを作っていた。先端を尖らせているから、槍か? 先はまだまだ長いし、体力の温存はしておいた方がいい。だから余計な事に気もとられるつもりもなかった……が、好奇心が勝ってしまったようだ。
「…………なんだ、それは?」
「ん?」
「何を作ってんだよ、さっきからよ」
「フフ」
「チッ、もったえぶりやがって」
「そう急いてばかりいると、損をするぞ」
「は、損をするだと? 逆だね。急がねえと損をするんだよ。早い者勝ちって言葉があるだろ」
「まあ、それはそうじゃが……鈴森君。君だってたまには黄昏たり、ゆっくりとする時はあるじゃろ?」
「ないね。それより質問は俺が先じゃねーか? 答えるつもりがねーなら、それでもいいけどよ。何も強制って訳じゃねーんだ。あとで、椎名や未玖に告げ口されても困るしな」
嫌味で言った。でも本心でもあった。椎名や未玖は、このジジイを慕っている。だからこのジジイが後で拠点に戻った時に、俺に虐められたって言えばとうぜん俺は非難される。
俺は別に誰に何を言われてもいい。今までだって引きこもりのニートだ。親には、お前みたいなカス、産むんじゃなかったって言われた。でもな、これが俺だ。これでいい。俺を解ってくれる奴がいりゃ、それだけでいい。俺だって、ずっと今までと同じでいいなんて思っていない。
でもこの歳になっても、仕事もせずに引きこもってゲームばかりしてきた。そしてバカバカしいとは思いつつも、異世界に憧れた。もし異世界があったら、俺は本気になれんのによー!! そんな言い訳を考えた事もあった。現実になんてあり得ない事にしがみついて情けないと思いつつも、あれば本当に自分本来の力を証明してみせる。そんなふうにも思っていたっけ。
そしたら、異世界は本当にあったんだ。翔太と椎名が、俺に証明してみせやがった。仰天した。俺はそうだ、オタクだ。そしてニートだよ。ゲームばっかりやってるよ。でも人にとやかく言われたくもねえし、絶対舐められたくもねー。だから部屋に籠っていても、身体も鍛えたし軍隊が使うような訓練方法や格闘術なんかも、動画やネットで調べて勉強をした。誰にもなめられねー為に。
俺は弱くない!! 俺はその気になればやれるんだ。なのに、その気になれねーんだよ。この世に、価値のあるものがねえ。やる気を出して欲しけりゃ、俺を異世界でも連れていってみろ。そしたら本気を見せてやる。
そんな意味不明な言い訳を言っている時期が続いた。延々とな。病んでいたんだ。それで納得していた。そしたらなんだ。ある日、異世界は本当にあったんだと知った。
そう……現実にあったんだよ。
なら、見せるしかねー。俺はこの世界なら適応できるんだってな。自分の本来の力を引き出せる。そうじゃねーと、俺が今まで偉そうに思っていた事は全てゴミになる。そして俺自身は、単なるクズ……
「……おい、鈴森君」
「ああ? なんだよ」
「そりゃ、こっちのセリフじゃ。どうかしたか、急に固まって」
「固まって? いや、なんでもねー。それでなんなんだ、何を作っているんだ?」
「ふぉっふぉ、逆に何に見えるかの?」
「めんどくせー!! んだよ、こいつ!!」
「そう怒ってばかりじゃ、しんどくないか?」
「てめーが怒らせるからだろーが。それで、なんだ、それ。杭か、槍か」
「まあ、そうじゃな。両方正解と言っておこう」
「はあ? そんなの可笑しいだろ。杭と槍は別物だぞ。両方正解ってどういうこったよ!」
「実は、適当に作っていた。だからどっちでも良かったんじゃ」
ジジイは満面の笑みでそう言った。だがその表情から俺を馬鹿にしている素振りは、微塵も感じなかった。本気でそう言っているのだろう。
「これは儂の場合なんじゃが、何か考え事をする時に、他の何か……例えばこんな工作なんかしながらじゃと、いい考えがまとまったりするんじゃよ」
「ふーん、なるほどな。つまりアレか。これから、会いにいく奴の事を考えていたんだな」
「そうじゃ、正解。多分、いつもの場所にいると思うが……なにせ、しばらくぶりじゃからの。何処かへ移動している可能性もある」
「そいつが既に、何処かへ移動していたらどうするんだ?」
「それはもう仕方がない。お手上げ。残念じゃが、拠点に戻ろう。しかしな、儂が会おうとしているのは、知っての通り武器商人じゃ。銃や弾も売っておるし、この世界の武器にもある程度詳しい」
「なるほど。来たるべき日に備えて、そいつから武器を沢山買っておきたいって事か。確かに武装度をガンガンあげれば、それは防衛力にも直結するからな」
「ふむ、半分正解」
「はあ? んだよ、違うのかよ」
「じゃから、半分正解って言うとるじゃろ。その武器商人から武器は欲しいが……儂らの拠点に来てもらおうと考えておる。でも転移サービスの休止期間中、奴がこの世界に残ると言えばの話じゃ」
「残らない可能性もあるのか? まあ、1カ月位の期間だったか。それを考えたら、解らなくもないが」
「それだけじゃなくてな」
ジジイはそう言って遠い目をした。こいつ、何かを知っている!?
そうだ、何かを知っていると思った。俺はジジイに、来るべき日がやってきたら、この異世界でいったい何が起きるのかを聞いた。するとジジイは衝撃的な事を言った。
転移サービスの休止は、過去にもあったと。そしてその期間中に、この世界に残った者、残るしかなかった者は全員消息不明になったというとんでもない話だった。




