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Phase.442 『専務の住処 その2』



 部屋には、4人がけの大きなソファーが1つと、1人かけのソファーが3つ。なんとなく4人がけの方に座ると、豊橋専務は1人がけの方に座った。


「よく来てくれたね、椎名君。ってここは、君の拠点だったね」


 豊橋専務は、俺達のクランに入った訳ではなかった。それに『フラグオブホープ』という自分達のクランを持っている。俺達とは、一時的に同盟というか共存しようという事になり、専務と他の仲間はこの南エリアに自分達の居場所を作っている。


「いや……それにしても、こんな短時間でこんな立派な家が建つんだなと思いまして」

「ははは、なんてことはない。何もちゃんとした一軒家を建てている訳じゃない。建てているのは全部プレハブだし、その資材も金属メインじゃなくてベニヤとか軽くて扱いやすいものを選んでいるからね」

「なるほど。組み立てるのは、意外に楽ですか」

「マンパワーも揃えて、金をかければ簡単にこの位の規模のプレハブなら建つよ。なんなら、椎名君達も広大な土地を持っているんだから、試しに建ててみればいいじゃないか。まあ、椎名君との共存が終われば僕達はここを出ていく訳だしね。折角建てたプレハブを、また処分してしまうというのも悲しいし、よければこのまま置いて行こうかなって思ってもいるんだけど」

「ありがとうございます。もしそうして頂けるなら、ここに誰かは住むでしょうし助かります」


 専務はソファーから立ち上がると、部屋の隅に向かって歩いた。そこには冷蔵庫がある。普段なら、なんてことは思わない冷蔵庫だけど、この異世界はとても異質に見える代物だった。


 専務は冷蔵庫を開けた。ウウーーーンという唸っているような音と、冷蔵庫内の灯り。やっぱりこのプレハブには電気が来ている。これにはかなり驚かされた。発電機を使っているのは解るけれど、冷蔵庫にテレビにPC……電子レンジやトースターまである。


 正直、この異世界に専務がこんなものを持ち込んで、電気で動かしているのを見て少しは羨ましいとは思った。


 でもまあ、成田さんに相談すれば、彼なら発電機を手に入れてくれそうだし、皆で冷蔵庫とか使えるようにはなると思う。でも今は、例えば缶ビールや果実なんかを冷やして置くとなれば、川エリアに行ってその川に沈めて冷やしておくという原始的な方法をとってはいるけど、俺も含め皆これでも意外と満足はしていた。


 専務は冷蔵庫から缶ビールを2本取り出すと、それを1本俺にくれた。


「一応、今日って平日ですし……本来なら、まだ会社で働いている時間帯ですよね」

「そうだね。でもそれを気にするなら、専務のこの僕が許可するよ。どうぞ、飲んで」

「ありがとうございます」


 プシュっと缶を開けると、ゴクゴクとビールを飲んだ。そして何気に窓の外に目をやる。緑が生い茂っていて、時折このプレハブの前を、専務の仲間が歩いて通る。


「それで――」

「はい」

「いよいよ、明後日じゃないか」

「そうですね。来たるべき日って言っていますが、明後日にはその日がやってきます。いよいよって感じですよ、本当に」


 専務は俺の言葉を聞くと、ごくりと缶ビールを飲んだ。そして窓の向こうを指さす。


「向こうにもプレハブがある。あっちにもあるし、この南エリアにはいくつも僕がプレハブを建てたんだ」

「はい。みたいですね」

「でも全部が居住スペースじゃないんだよ。もとの世界からもってきた、お米や缶詰、レトルト食品とかカップ麺、保存のきく数々の食糧を貯蔵しているプレハブ。それに何があってもいいように、武器庫もあるんだ。あとそうそう、書庫も作ったから、本が読みたくなったら是非利用してくれてもいいよ。コミックとか小説とか、そういう娯楽のものがほとんどだけどね」

「ありがとうございます。きっと、皆もそれを知ったら喜びます。もとの世界に戻れない人は特にね」

「そうか、そう言えばここには、【喪失者(ロストパーソン)】が何人かいるんだったよね」

「はあ、いますが……それがなにか?」

「いや、別に。【喪失者(ロストパーソン)】は、もとの世界に戻れない者。つまり運営のサービスも受けられないし、この『異世界』では単なる生存者と呼ばれている。けれど実質は、そうでない転移者からはお荷物以外の何者でもないとされているんだよね」

「そうなんですか。でも、それが何か?」

「ははは、いや。だからそんなお荷物を、椎名君は仲間にしてこの拠点に置いている。それってかなり変わっているなって思ってね」


 【喪失者(ロストパーソン)】がお荷物……確かに彼らは、もうもとの世界にも戻れなければ、運営からのメールなどを受け取る事もできないし、バウンティサービスなどのサービスを使う事もできない。つまりこの世界に留まるしかない単なる生存者……そう言ってしまえば、そうかもしれないけれど……正直、俺は未玖やアイちゃん、小貫さん達もそうだが……皆の事をそういう風に思った事はない。


「そうですか。でも俺には関係がないですよ。皆、仲間以外の何者でもないですから」

「いやいや、誤解しないでくれよ。【喪失者(ロストパーソン)】が使えないっていうのは、僕の考えじゃないからね。他の誰かがそう言っているのを耳にしたって話さ」

「解ってます。それより、食糧の貯蔵とかって言っているって事は、本当に専務達もこの世界に残るんですね」

「ああ、勿論残るよ。僕達も色々と話は聞いているよ。以前、転移サービスの休止があった際にこの世界に残った者は、皆消息不明になってしまった噂とかね」

「怖くないんですか?」

「その言葉、君にそっくりそのまま返すよ。僕は冒険したくて、この世界にいる。危険を恐れていたら、そもそもこっちへ来ていないよ。何より、いったい何が起こるか楽しみじゃないか」


 楽しみ? いや、俺にもその気持ちがある事を否定はできない。いったい何が起こるのか。


「それもそうですね。あはは」

「北上さん、大井さん、秋山君……3人もそうなんだよね」

「はい。明日は俺達皆、大忙しですよ。日中はもとの世界で、色々調達するものとかちゃんと準備しておかないといけないんで。そうそう、俺が住んでいる練馬区にあるアパートなんですが、そこの家賃も念の為に3カ月位前払いしておかないと」


 専務はそれを聞いて大笑いした。


 練馬区にある俺の住んでいるアパートの家賃の話なんて、この『異世界(アストリア)』では、とても不釣り合いな話題だったから。でも俺にとっては、真面目な話だった。


 こっちの世界に残った後、再びもとの世界へ転移できるようになるには1カ月じゃ済まないと俺は思っている。きっと延長するに決まっている。予定は未定だし、過去もそうだったらしいから。


 俺の気持ちは変わらない。だからもし何かあった時の為に、一応自分の住んでいるアパートには遺書も書いて残しておこうと思った。


 死ぬつもりはさらさらない。人が聞けば縁起でもないって言うだろう。でも俺は、ただ万全の準備をして、挑みたいだけだった。

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