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Phase.441 『専務の住処 その1』(▼椎名幸廣)



 ――――金曜日。


 いよいよ、明後日には、来るべき日がやってきてしまう。日曜日、朝10時からもとの世界と『異世界(アストリア)』の転移は暫くの間、完全に行き来ができなくなってしまう。


 だからこそ昨日は、各自来たるべ日について色々と情報を集めてもらった。俺も秋葉原に行って、マドカさんに会ってきた。それで解った事もあった。


 明後日から行われる転移サービスの休止。いわゆる運営側が行う転移システムのメンテナンスなんだそうだけど、過去にもそれはあって、その時に『異世界(アストリア)』に残り続けた者は、その後の消息が解らないらしい。


 何があったかは、解らない。生き残っている者を誰も知らないからだ。でも噂を口にする者達は、皆残った者は何かがあって死んでしまったのだろうと言っているようだ。


 もちろんそんな話を聞けば、不安にもなる。だけど俺達は、もう決めたんだ。会社に関しては、豊橋専務が休んでオッケーって言ってくれているし、そうでなくても俺も翔太も北上さんも大井さんも……辞表を出しても、未玖達と共にいる事を決めたのだ。


 今日も会社には行っていない。専務がそれでいいと言ってくれたし、来るべき日は明後日なのだ。まだもとの世界との行き来ができる今の貴重な時間を、既に思い入れもない会社なんかに使ってはいられなかった。


 俺は今、『異世界(アストリア)』にある俺達の拠点の南エリアにやってきている。専務と話をしたかったからだ。


 南エリアに入ると、相変わらず密林のようにあちこちに草木が生えまくっていた。そんな緑が生い茂る中に作った、獣道のような所を通って専務達がいる場所へと向かった。


 南エリアもそれなりに広い。そして草木が多くて、見通しが悪い。でも専務達がいる場所は、もう把握していた。


 そこに近づくと、なんとこの世界には似つかわしくない建物が見えてくる。プレハブといえば正しいかもしれないが、ちゃんとしたしっかりとした建物。手作り感は、全くしない。組立式の、プレハブ。そういうのがいくつも建ってある。


「専務は、南エリアにこんなのをこんなに建てたのか。確かに手作りの小屋やテントなんかよりも、丈夫そうだし雨風にも強そうだな。小屋やテントよりも、住み心地も良さそうだし」


 そうだ。そう言えば成田さんもプレハブを建てるって言っていた気がする。こういう専務が南エリアに建てたプレハブが、俺達の家になったらいいなと思った。


 ガサガサと草の音を立てて、プレハブがいくつも建つ辺りに近づいて行くと、何人もの人に会った。挨拶をかわす。皆、専務の仲間だった。そして声をかけられる。


「椎名君」

「豊橋専務」

「もしかして様子を見に来てくれたのかな」

「はい、そうです」

「そうか、すまないな。それじゃ、こっちに来てくれ」


 専務は俺に手招きをした。プレハブの並ぶこの辺りには、変わらず大量の草木が生い茂っていた。でもその中で何十人もの専務の仲間達が、笑い合いならがらも何かしらの作業を続けている。ここは、活気があるな。


「ここだ、ここ。ここが僕のうちだ」


 プレハブだった。驚くことに、三階建てのプレハブ。


「う、嘘だろ……」

「くっくっく、信じられないって顔をしているね」

「そりゃ、そうでしょ。こんな短時間でこんな立派な家を、何軒も建てることができるなんて」

「プレハブだかね。パーツパーツで組み立てるから、知識と手際が良ければなんとかなるかな。それになんといっても、マンパワーだよ。パブリックエリアにいた他の転移者にもお礼をすると言って、手伝ってもらったし。成せばなるもんだよ」

「なるほど。でもそれにしても、凄いですよ」

「そうかな。でもさー、来るべき日もいよいよだからね。明後日からだろ? それまでには、全員の家とかもとの世界でしか手に入らない米とかそういう食糧品、酒とか全部貯蔵をしておける場所も作っておかないといけないからね。大忙しといえば大忙しかな」

「え? じゃあ、専務も専務の仲間も皆、やっぱりこの世界へ残るんですね」

「そりゃそうだろ、勿論だ」

「でも、凄く危険な事ですよ」

「うん、僕も話には聞いているよ。この世界に残っていた者で、生き残っている者は誰一人として、今まで確認されていないんだろ? つまり、その期間中にこの世界で何が起きたって事は明白だ。でもその何かを知る者はいない。そんな事を聞けば、誰だって好奇心を触発される。そうでなくても、この世界に入り浸っている人間なんて皆そうさ。湧き上がる好奇心には抗えない」


 専務の言っている事は、共感できた。もちろん、未玖やアイちゃん達、もとの世界に戻る事のできない仲間を見捨てることなんてできない。でもそれだけじゃない。俺はもともとは、この世界の事をもっと知りたいと思っていたんだ。だからウルフに襲われて怪我を追っても、ゴブリンに殺されそうになったとしても、この世界へ来る事を辞めなかった。


 だから転移サービスが始まった後のこの世界、いったい何が待ち受けているのかを俺は知りたい。俺はもともとこんな異世界や、こういう世界で冒険する事にも憧れ続けてきた人間なんだ。この目で真実を確かめたい。


「ほら、椎名君。わざわざこんな所で立ち話をする事もないだろ。中へ入って」


 専務に案内されて、俺は彼の住処であるプレハブへと入った。


 中に入ると、テーブルに椅子に4人がけの大きなソファーが目に飛び込んでくる。それにオブジェのつもりなのか、使っているのか解らないけれど酒樽もある。そしてびっくりする事に、テレビや冷蔵庫。更にはテーブルの上にPCまで置いてあった。


 こんなのここへ持ってきて、どうやって動かすんだ? 一瞬そう思ったけれど、ここへ入る時に、プレハブの直ぐ外に何か大きな機械が設置されていたのを思い出した。あれは、きっと発電機だろう。

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