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Phase.440 『松戸店 その3』



 松戸駅近くの喫茶店に入った。僕は、美幸さんと並んで座ろうとした。けれどなぜか、僕の隣にミケさんが座った。僕は急になんだか恥ずかしくなってしまって、ミケさんの顔を見ることができず、注文したアイスオレに目を移していた。


 ミケさんは、いつもの元気で人懐っこい感じじゃなくて、とても真剣な眼差しで美幸さんと僕を見て言った。


「ミケさんの立場上ね、特定のお客さんとこういうやり取りは、してはいけない事になっているんだ。だからね、オフレコでお願いします」

「もちろん。私もヨッシーも、口は堅いほうだし……それに私達の事を心配して追ってきてくれてまで、伝えようとしてくれている事でしょ」


 ミケさんは、頷いた。


「美幸や良継君が知りたがっているような情報じゃなくてね、これは私……ミケさんからのお願いなんだ」

「お願い?」

「うん。美幸と良継君、2人でまず海と小早川君、カイ君を説得して欲しいんだ」

「説得? 説得っていったいなにを?」

「日曜から始まるメンテの期間中、皆あっちの世界に残るんだよね」

「うん、残るよ。それはもう、海だってそうだし、決めた事だから」


 ミケさんとの会話は、美幸さんに完全に任せっきりだった。隣に座るミケさんに対して、僕は緊張しすぎていて、上手くしゃべることができるか心配だったから。でもちゃんと会話は、聞いている。


「それをもう一度、よく考えて思い直して欲しいの」

「思い直すっていうのは、メンテの期間中はこっちの世界で待機するってこと?」


 ミケさんは頷いた。僕達の事を心配しているのは解る。メンテ期間中は、こっちの世界にも戻れないから。でもその顔は、なぜか危機迫るようなものを感じる。


「うん、これはミケさんからのお願い。美幸にも海にも、良継君にも小早川君にもカイ君にも……ミケさんと親しい人は、特にこっちの世界に留まって欲しいの」

「なぜ? ミケさんは、なぜそんな事を私達に言うのよ?」


 ミケさんは、店内をキョロキョロと見回した。誰かに話を聞かれていないかと、気をつけているような行動だった。そして美幸さんと僕をまた見つめて言った。


「もう言ったけど、これはミケさんが就職する前の話。こういう長期間のメンテは、以前にも何度かあったらしいの。でも予定通りに終わる事は、一度もなかったみたい。そしてこれも噂だから、何処まで本当かは解らないんだけど、その時に向こうに残った転移者は皆死んじゃったって……」


 え? し、死んじゃった!? 


 衝撃的な話だった。死んだってどういうこと? 


「それってどういう事なの? つまりそのメンテの期間中に、向こうの世界で何かが起きて……」

「あくまでも、噂で聞いただけだから。でも実際に、その過去にあったメンテ以前の今もいる転移者達は、向こうの世界に行かないでこっちの世界でメンテ終了まで待っていた人だけだから。逆に向こうに残った転移者で、今も無事にいると確認できる人は誰も知らないの」


 美幸さんは、僕の顔を見た。この話を聞いて、僕がどう思ったのかって事だろうか?


「えっと……その……」


 言葉に詰まってしまった。ミケさんの話を聞いて、とても不安になってきたというのが正直な気持ち。でもこんな気の弱い僕でも、この大きな決断は変わらない。僕は、気を落ち着かせてミケさんに言った。


「あの……その話が噂であっても、ミケさんがこんなに僕達の事を心配しているって事は、かなり信憑性があると思いました」

「それじゃ、皆を説得して、こっちの世界に残ってくれる?」

「それは……できません」

「え? な、なんで?」

「ミケさんのお願いでもできません。なぜなら、向こうの世界には僕らの仲間がいるからです。その中には、こちらの世界へ戻って来たくてもそれができない者もいます」


 そう、【喪失者(ロストパーソン)】と呼ばれている。もとの世界とむこうの世界を行き来できる転移アプリが入ったスマホを、紛失してしまった人達。未玖ちゃんもそうだし、小貫さんや最上さん、うららさんだってそうだ。


「転移サービスが一切使えなくなる期間、その期間向こうに残っている者は死ぬかもしれない。何か恐ろしい事がおきるから。そう言われたから、メンテ期間中は大人しくこっちの世界でいる事にする。それじゃあ、こっちに引き返してこれない人達は、どうなりますか?」


 ミケさんは、はっとして俯いた。その表情から察するに、過去にメンテがあった時にそういう事が実際に起こったんだと確信する。向こうにあえて残った転移者の他にいた、【喪失者(ロストパーソン)】の人達も同じく全員消息不明になってしまったに違いない。


「だから、僕は向こうの世界に残ります。でもミケさんが僕達を心配してくれていて、こっちの世界に残るように言ってくれた事は、嬉しいです」

「私もヨッシーと同じ気持ちだし、海も間違いなく私達と同じ考えだと思う。私達は、自分達の命の危険があっても、仲間を見捨てるつもりはないわね。それくらいの絆が、今はもうお互いにできちゃったから。それに……運営はただその期間中は、転移サービスが使えないって言っているけれど、今のミケさんの話からしても、きっと向こうで何かが起こるのよね。もしかしたら、その何かが起こるからこそ転移アプリが使えないとか」


 ミケさんは、美幸さんをじっと見つめている。本当に何が起きるのか知らないのか、それとも知っているけれど何も言えないのか……僕には解らない。


「そんなの聞いたらさ、私だったら向こうでいったい何が起きるのか、この目で見たいじゃない。そして生還してみせるね。誰もこれまでそれ、やった人がいないんだったら、やる勝ちもあるし。私、英雄になれるかもしれない、あはははー」

「そうかー、ミケさんの説得じゃ、どうしても止める事はできなかったかー。むー」

「こんなにも心配してくれて言ってくれているのに、ごめんね。でも向こうに残っている仲間を見捨てられないし、やっぱり向こうで何が起きるのか見てみたいかな。命の危険性があるとしても、好奇心を抑えきれないからこそ、私達は『異世界(アストリア)』へ行っている訳だし」

「うん、そうだね。そこまで言うなら解った。ミケさん、もう覚悟を決めたよ。でもそれならそれで、しっかりと準備をして向こうの世界へ挑んでね。メンテが始ったら一切の転移はできなくなるし、色々聞いた噂からしても、間違えなく期間は延長するはずだから」


 期間の延長は当然のこと。そうなるとミケさんが断言できるなら、運営なんてもっと危険性をちゃんと理解しているはず。なら最初からもっと危険性を説明した上で、余裕をもって予め期間を長く設定すればいいのにとも思った。


 でもあえてそれをしない。理由は解らないけれど、運営側には、僕らが考えもしない……何か思惑的なものがあるのかもしれない。

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