Phase.44 『有給が終われば』
「それじゃあのお。また会おう」
「色々ありがとうございました。また近くまで来たらここへ寄ってください」
再び旅に出ようとする長野さん。未玖は、長野さんのもとへ走っていくと彼の右手を両手でぎゅーっと握った。
「おお、どうした未玖ちゃん?」
「絶対にまた戻ってきてください」
これには、長野さんもメロメロになってしまった。まるで孫娘を見るような目で未玖を見つめる。未玖の頭を優しく撫でると長野さんは微笑んだ。
「もちろんじゃ。また寄らせてもらう。それじゃあのお、元気でな」
「長野さんもお元気で、くれぐれも魔物に気を付けてください」
魔物にも気を付けてください――まさにこの『異世界』ならではのセリフだと思った。こうしてこの『異世界』で、未玖に続いて知り合った長野さんと別れた。俺と未玖は、長野さんが森の中へ入って行き、見えなくなるまで見送っていた。
――腕時計を見る。11時11分。お、ぞろ目。
「さてと……少し早いけど、昼飯にしようか未玖」
「は、はい」
ちょっと早めの昼食を準備するべく小屋の方へ歩く。長野さんから頂いたこの『異世界』に生息している鹿肉、美味かったな。俺も狩りができるようになればな。この辺りにも鹿は沢山生息しているし、いつでもあの美味い肉が食えるのにな。
!!
長野さんから頂いて食べた鹿肉の事を思い出していると、ある事に気づいた。そういえば……俺も肉を持ってきているんだっけ⁉ 忘れていた!!
慌てた様子を見て未玖が聞いてくる。
「ゆきひろさん、どうかしましたか?」
「いや、実はもとの世界から肉を持ってきていて――俺がここへ来たのが土曜日の早朝位からで、今日は火曜日だろ? 駄目になってないといいなと思ってさ」
小屋に入るなり、クーラーボックスを開ける。するとひんやりとしたので、ホッとした。きっとこの辺は夜になると肌寒い程になるのでそれで、それもあってかなんとかもっていたのだろう。でも氷も保冷材ももう駄目だった。肉に関しては、見た感じまだ大丈夫そうだけど、もう今日食べてしまわないといけないと思った。
すぐ隣で一緒にクーラーボックスの中を覗き込む未玖にその事を告げる。
「もう限界だな。肉は今日食べてしまわないとな。そんな訳で今日の昼飯と晩飯は共にまた焼肉だ」
「焼肉ですか!」
「ああ。焼肉は未玖も好きだろ?」
「は、はい」
嬉しそうな顔をする未玖。もともとそういう細身の体形だったのか、この異世界で一人でろくな物も食べずに二カ月間も彷徨っていたからなのかは解らないけれど、未玖の身体はガリガリに痩せ細っていた。だからもっと肉を食った方がいいと思う。
「それじゃ早速、昼飯の準備をしよう」
「長野さん、お昼ご飯食べてから出発すればよかったのに……」
「ははは、長野さんいい人だったもんな。でも、出発が遅れれば辺りが暗くなるのもその分早くなる。この辺りを見て回る的な事言っていたから、気が向けばまたひょっこりとやってくるさ。なんていっても俺達の拠点はここだし、長野さんはこの場所を知っているんだからな」
「はい……そうですね」
「それじゃ昼飯の準備をしようぜ。俺は焚火と網の準備とかするから、未玖は皿と飲物の準備してくれ。飲物はお茶がいいな」
「はい」
持ってきていた肉は、奮発して牛肉を買ってきた。それを昼間っから直火で焼いて食べる。これはもう物凄い贅沢をしている。
未玖も口の周りを焼肉のタレで汚しながら、気にもせず夢中になって食べている。よほど腹が減っていたのか――その様子は見ていて飽きない。
一つ思うのは、やっぱり翔太の事だ。もしここに翔太がいたら、どれだけはしゃいで喜んだかという事。それを考えるとやはり、翔太に『異世界』の事を話すべきかと考える。
だけどここはとても危険な世界なのだ。十分にそれを理解した上で、この異世界へ一緒に来てくれるのか……翔太に未だ内緒にしている理由は、そこだった。
晩飯の分を残し、他の焼いた肉を全て平らげると、焚火の横で膨れた腹を抱えて転がった。未玖もかなり食べたのか同じように転がっている。
「未玖……」
「はい……」
「俺はもとの世界じゃ、東京の高円寺という所で働いている会社員なんだ」
未玖はじっと俺の顔を見つめる。
「それでな、この異世界へは土曜にやってきたって言ったろ? 土日は休日で月曜は祝日、それで今日は火曜日な訳だけど俺は今、有給をとってやってきているんだ」
「解っています……ゆきひろさん、帰るんですよね」
「木曜の朝に一度帰るつもりだ。未玖を連れて戻れればって思うけど」
「わたしは、もとの世界へ帰りたくないです。で、でも、ゆきひろさんや長野さんとはもっと一緒にいたいです!」
「……そうか、それは奇遇だな。俺にはもとの世界で仕事があって帰らないといけないけれど、未玖や長野さんともっと一緒にいたいと思っている。だから夜になるけど、木曜仕事が終わったらここへはまた戻って来る」
驚いた表情を見せる未玖。
「それで金曜出勤して、またその日の夜にここに戻って来る」
「っぷ! それは随分と忙しいですね!」
寂しそうな顔をしていた未玖の顔が、明るく灯った。
「まあ兎に角、そういう事だ。ちゃんとここへは戻って来る。未玖を一人にしないから、未玖もそのつもりでいてくれ。そして俺がいない間、危険だからこの俺達の拠点から絶対に出歩かないでくれ」
「はい、解りました。ゆきひろさんが戻って来るまでじっとして待っています」
「帰るのは、明後日だけど一度戻った時に、漫画とか何か暇つぶしになるような物を色々持ってくるよ」
未玖はにこりと笑った。……さーーって、昼飯も食べた事だし今日は何をするか。




