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Phase.435 『大井と九条 その2』



 今日は、私1人で三鷹にある九条さんのお店『レザボアドッグス』にやってきていた。何かしら、有益な情報を手に入れる事ができればいい……多少の期待を胸に忍ばせならがも、私は注文したカフェオレを一口飲むと、カウンターの向こう側にいる九条さんを見つめた。


「いよいよ、日曜日からか」

「ええ」

「海ちゃんだったね。そう呼んでも、いいかな?」

「ええ、いいですよ」

「海ちゃんは、転移サービスが休止したらどうするの? まさか、あっちの世界へは残らないよね」


 首を左右に軽く振ってみせた。九条さんは、信じられないものでも見たというような驚いた顔をする。


「まさか……そんなまさか……」

「それ程、驚くことなのですか?」

「いや、だってその間、転移が全くできなくなるんだぞ。何かあって、こっちの世界へ戻ってきたいと言っても、戻ってくる事はできない。完全に、行き来できる道を断ち切られる事になるんだ。なのに向こうに残るなんて聞けば、誰だって驚くだろ」

「そうですね。でも運営からのお知らせでは、3週間から1ヶ月という期間でした。向こうには、スマホを紛失したり失ってしまって、もとの世界へ戻る事のできない人達もいますが、その人達はもう何週間、何ヵ月ってあっちの世界で暮らしている人だっています。その人達に比べれば、別に大したことがないと考えていますけど」


 九条さんは、私のその意見を聞いても何かソワソワとしているというか、落ち着きのない顔をした。それ程まだ、九条さんの事を私は知らない。正確に言えば会うのは2度目。でもいつも落ち着いているような人だと思っていたから、これほど取り乱しているのは正直驚いてしまった。


「そ、そうか……椎名さんや長野さん……美幸ちゃんだったかな。他のメンバーも、あっちの世界へ残ると決めたの? それとも何人かは行くけど……」

「いいえ。全員あちらの世界へ残るつもりです。私達は、皆仲間ですしその仲間の中にはこちらの世界へは戻ってこれない、【喪失者(ロストパーソン)】の人達もいます。向こうへの扉が閉ざされてしまうって知ったら、仲間を放ってはおけませんから」

「なるほど、随分と信頼し合っているクランなんだね。『勇者連合(ブレイブアライアンス)』だったかな」

「ええ、そうです」


 カフェオレをまた一口。このお店のカフェオレ、珈琲もそうだけどとても濃厚で美味しい。向こうの世界の私達の拠点にも、一応お茶したりできるように作ったお店がある。普段は、未玖ちゃんや志乃や景子が手伝ってくれているお店。軽食の他に、珈琲や紅茶などの飲み物も出しているけど……そうね。やっぱりもっと落ち着ける、ちゃんとしたカフェを作るのもいいかもしれない。


 フフ、戻ったらユキ君にちょっと相談してみよう。秋山君やトモマサ君の、賭博場なんかが認められたんだから、カフェなら絶対に認められるはずよね。


 九条さんは、カウンターに両手を置くと私の顔を見つめて言った。


「も、もう一度聞きたい」

「ええ、なんですか?」

「君達は本当に、あの世界に残るのか? 長野さんもそれに同意しているのか? あの人まで……それが信じられない」

「なぜ、その事に対してそこまでおっしゃられるんですか? 今度の転移サービスの休止って、それ程まで何か恐ろしいものなんですか?」

「恐ろしい? 俺が怖がっていると?」

「そう見えます」

「そ、そうか」


 九条さんはそう言うと、カウンター席の更に後ろにある大きな棚の方へ行った。如何にも高級そうなお酒の瓶が飾られている。その中から一本選んで、グラスに注ぐとそこに氷を入れる。そしてそれを自分で、グビリと飲んだ。


 ここは彼のお店で、彼のテリトリー。そして経営者も彼だから、私は何も思わないし言う事もない。


 九条さんは、もう一口グラスに注いだお酒を飲むと、また私の方へ来てカウンター越しに見つめてきた。


「情報が欲しいそうだな」

「ええ、今度の転移サービスの休止。それについて、うちのリーダーがなぜか物凄く心配しているみたいで……もともと用心深い方の人だと思うけれど、感も鋭いみたいだから」

「感か……」

「危険を感じる方の感が鋭いんですって。でも彼と一緒にいると、確かにそう思う事はあるわ」

「そうか……海ちゃん、情報ならあるが……」


 九条さんは、とても真面目な顔で私にそう言った。やっぱり1人でも三鷹に来てみて正解だった。転移者を相手に商売をしている人だし、運営側の人間じゃないからそれ程口を閉ざしたりもしないんじゃないかって思っていたけれど……当たりみたい。


「まずは、いい値を言ってほしいわ。有益な情報ならもちろん、それなりのお金を払うつもりだけど、持ち合わせがいくらでもある訳じゃないから。でも少し待ってくれるなら、駅前にまで行けば確かATMもあるから」

「いや、お代は結構。でもここだけの話にすると約束して欲しい」

「ここだけの?」

「いや、どうせ椎名さんや長野さんには話すのだろう。仲間の為にうちに来店してくれたみたいだしな。要は、ソースの問題だよ。俺から聞いた事については、自分のクランメンバー以外には、できるだけ漏らさないで欲しい。それと俺から聞いたって話もだ。約束できるか?」


 それが私達にとって重要な情報なら、仲間には話す。でもクランメンバー、つまり仲間の外にできるだけ漏らさないようにするっていうのは、できる。そして情報の出所が九条さんからって言うのも、私がユキ君意外にそれを話さなければ言い訳だし、ユキ君は絶対に約束を守ってくれる。


「約束できるわ」

「そうか。なら、いいだろう。話をするにはおあつらえ向きに、他のお客さんは今は店に誰もいない。だから聞かれる心配もないし、俺の知っている範囲の事を話してやろう」

「ええ、お願い。それで九条さんは、日曜から行われる転移サービスの休止について、何を知っているの?」

「まず、俺の知っている事。その1つだが、転移サービスの休止自体は、今までにも何度かあったという事だ」


 私は、ユキ君達と仲間になって行動する前には、別のクランにいた事があった。そう、ユキ君達よりも私と美幸は『異世界(アストリア)』での経験が長い。だけど転移サービスの休止については、今回初めて聞いた事だった。


 だから初めて行われる、運営側のシステムメンテナンスだと思っていたのだけれど……過去にも何回かあったなんて――


 九条さんは、話の途中で私の顔を覗き込んだ。それはまるで、私が今彼が話した内容を知っていなかったという事を確認しているかのようだった。

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