Phase.434 『大井と九条 その1』(▼大井 海)
ユキ君達は秋葉原に行き、美幸と大谷君はミケさんのいるメイドカフェ、『アストリア』松戸店へと行った。
最初、私もユキ君か美幸について行こうと思ったんだけど……長野さんが教えてくれた三鷹にあるお店『レザボアドッグス』でも、何か情報を仕入れることができるかもしれないと思ってやってきていた。
…………そういえば……長野さんと孫一君、今頃どうしているんだろう。
思ったよりも平気にしている風には見えるけど、ユキ君や秋山君、それに未玖ちゃんはいつも2人の事を気にしているみたい。2人が拠点から出て行って、もう何日にもなるし……そろそろ戻ってきてもいい頃だと思うけれど、まだ何の音沙汰もないと流石に不安になる。
長野さんの事は、ユキ君や未玖ちゃんはとても慕っている風に見えるし、孫一君も秋山君は親友みたいでずっと帰りを待っている。何より頼りになる2人だし、何かやっているのなら、それを早く済ませて私達の拠点に戻ってきて欲しいと私も願う。
三鷹駅を下車し、吉祥寺方面へと足を向ける。お店の並ぶ辺りから、住宅地の方へ向かって暫く歩いていると、長野さんに紹介してもらったお店が見えてた。
そこはお店というには、コンクリートで象られた家で、地下がカフェ&バーになっていた。
九条さんという長野さんの知り合いが経営しているお店で、お酒や珈琲、ケーキなどの他に銃などの非合法な武器を売っている。またその銃などの武器を購入する際は、購入条件として、買った武器はこの世界で使用する為のものではなく、あくまでも『異世界』での使用のみと固く約束させられる。
もしもその約束を違えるような事があれば、長野さん曰く九条さんはその道の人達とも通じていて、しかるべき処分をされるのだと言っていた。その道の人達っていうのが、殺し屋とかそういう裏稼業の人達か……もしくは、『アストリア』の運営側の誰かなのかだとかは解らない。
でもあっちの世界で銃という強力な武器が手に入るというのは、とても大きな事でユキ君や秋山君、孫一君もここで銃を購入していた。あのダンジョン……尾形さんを襲って殺したハサミムシの魔物。あの時も、ユキ君は銃を持っていて助かったと言っていた。
九条さんのお店の商品は、かなり高額だけど、それでもそれで命の危機を脱する事ができるのなら安い買い物なのかもしれない。
カランカランッ
お店に入ると、カウンターの向こう側に九条さんがいた。
「いらっしゃいませ。お客様、お1人ですか……ってアレ? 君は?」
店内をぐるりと見回す。今は私の他に、お客様はいないみたい。そう言えば。前回皆で来た時に、ツルギさんっていう綺麗なゴスロリの人がいた。あの人は、雰囲気だけでも運営側の人間って解る人だった。
「こんにちは。『勇者連合』のクランメンバー、大井海です。お会いするのは、二度目ですね」
「海ちゃんね。君の事は覚えているよ。長野さんが紹介してくれた人だし、何よりもう一人の子と君はとても美人だったから」
九条さんはそう言ってにこりと笑った。口説いているようなセリフだけど、なぜかそうは聞こえない。下心があるというよりは、本心で言ってくれているのだと思った。
「今日は君だけなのか」
「はい、美幸は別に用事があって。長野さんもそうですけど」
「そうか。それで、今日はどういうご用件で? もしかして武器を買いにきた? 確かに君と……そう、さっき言った美幸ちゃん。彼女は、銃に対してあまりいいイメージがないような顔をしていたけど、あるとないとじゃ大違いだよ」
「解っています。私達のリーダーは、銃をここで購入しましたし、それが危険で怖いイメージのある武器だというだけではなくて、『異世界』では私達の身を守ってくれる頼もしい武器だという事は、目の当たりにしました」
「そうか。なら、買って行く? 君になら、特別に安く提供できると思うよ。それに弾もだ。こっちも安くしてあげよう」
「フフフ、九条さんって前回お会いした時には気づかなかったけれど、とても親切な人だったんですね」
「そう? でも、誰だって美人には弱い」
ユキ君や秋山君、孫一君達はここにいる九条さんから銃を購入した。だから皆でここに初めて来た後、各々で何度かここへ足を運んで九条さんとやり取りを続けたみたい。
でも私はあれ以来だし、正直今日1人でここへ来ても大丈夫かなって少し不安になっていた。でも大丈夫みたい。私が思っていたよりも、九条さんは話せる人だった。それもそのはずよね。九条さんは、銃などを取り扱っていると言っても、表の仕事はカフェとバーの経営をしているのだから。
九条さんは、カウンター席のひとつを指した。そこへ座ると、早速メニューを手に取る。
「それじゃ、カフェオレにしようかな」
「お酒は?」
「これからまた、あっちの世界へ行く予定だから。それにやる事も多いし……だから今日はお酒は控えておこうかな」
「そう、解った。それじゃカフェオレね。少々お待ちください」
九条さんはそう言って、てきぱきとオーダーを作り始めた。
フレンチコーヒーと、ミルクをそれぞれ別に暖める。目の前にお洒落なカップを置くと、そこで珈琲とミルクを同時に注いだ。わざと泡立たせ、クリーミーなボリュームを見せる。ホイップクリームを浮かべる。
「お待たせしました。当店自慢のカフェオレでございます」
「ありがとう。それじゃ、頂きます」
私はカップに口をつけた。
口の中にカフェオレと一緒に、ホイップクリームも流れ込んでくると、なんとも言えない程良い甘味が広がった。ふうっという安堵にも似た溜息を漏らすと、私は九条さんを見つめた。彼もこちらを見て微笑んでいる。
さて、どうだろう。転移サービス休止なんて、転移アプリの休止期間から言っても、今までにない事だけど、それはとうぜん九条さんの耳にも入っているはず。なら、何か私達の知らないユキ君が求めているような情報、それを彼から聞くことができればとても嬉しいんだけど――




