Phase.429 『備えは情報から』
――――木曜日。
そう、気がつけば木曜日になってしまっていた。いよいよ次の日曜日の10時から、この世界ともとの世界は、これまでのように行き来ができなくなってしまう。しかも、何か胸騒ぎがしてならない。何か良からぬ事が起きるのではと、不安になる。
この日、俺は朝からスタートエリアにある、バーベキューなどができるように、テーブルやら椅子やらを設置している場所に、皆を呼んで話をした。
皆とは、翔太、北上さん、大井さん、成田さん、大谷君、トモマサ、小貫さん、安藤さん。他のクランメンバーには、今日ここで、このメンツで大事な事を話すとだけは知らせてあるけど、特に招集はかけていなかった。
もしも参加したければ、別にここへ来て話に交ざってもらってもいい。だけどまず俺が相談したかったのは、ここにいるメンバーだった。
全員揃うと、俺は早速来たるべき日の事について皆に話を始めた。空は、昨日とは打って変わってどんよりとした天気。湿気が強く、空気がなんとなく重い。今にも雨が降り出しそうだ。それに朝だというのに薄暗い。
「まあ、そういう訳だ。本来ならば、こっちの世界で、もとの世界の事をあれこれ聞くのは、マナー違反だと思うし……その人が何処でどうやって、この『異世界』へやってきたのかというのも、できだけ触れないようにしてきた」
「自から話す分には、特に問題ないだろ」
トモマサが聞いてきたので、その通りだと頷いた。
「問題はない。根掘り葉掘り、もとの世界の事を聞かないってモラルの話をしている。オンラインゲームだとそうだから、俺はそういうつもりでいるべきかなって思っていた。でも、今回は別だ。来たるべき日がやってくる。それに備えて、各自には是非お願いしたい事があるんだ」
お願いと聞いて、早速突っ込んで来たのは、成田さんだった。
「ほう、お願い事とは?」
「【喪失者】には、頼めない事なんだ。初めて俺から聞くと思うけど、皆は何処のメイドカフェでこの世界の事を知り、『アストリア』のアプリを手に入れたのか? それを聞きたい。もちろん聞くからには俺も話すが、例えば俺と翔太と鈴森は、秋葉原だ。アキバにある雑居ビル、そこに入っていたメイドカフェ『アストリア』で契約して、転移アプリを入れてもらった」
全員が俺の話に注目してくれている。話を続ける。
「実は、こんな事を今更話さなくてはならない理由についてなんだが、理由があるんだ。それは、来たるべ日の事だ」
来たるべき日。俺がそう言い始めたんだけど、もうクラン内ではその言葉で定着してる。
それは、今度の日曜日の事で、もう明々後日だった。その日の朝10時を迎えると、転移アプリのサービスが休止となり、もとの世界とこっちの世界の行き来、つまり転移が一切できなくなるらしい。繋がっていた二つの世界が、切り離されるのだ。
その期間は、3週間から一ヶ月間を予定しているとの事だが、予定は未定。ソシャゲなんかでも、メンテナンスでサービス休止とかあっても、中には大幅に休止時間を延長するケースもざらにあって、珍しくともなんともない。しかもアプリの案内によると、休止期間中は、一切の会費を請求しないものとするとの文面があった。つまり、休止期間中は無料。
運営側からすれば、休止期間は3週間で終わるかもしれないし、もしかしたら1カ月以上……もっとかかるかもと言っているのかもしれない。それが二カ月延長、いやまさか半年かかるとか……それは誰にも解らない。あくまでも、予定は未定なのだ。
嫌なら『異世界』に残らなければいい話だし、その感の会費も無料なのだ。
俺は、そんな運営側の態度に一抹の不安を感じていた。だからこそ、ここに集まってもらった皆、仲間達にもその事を伝えたかった。
トモマサが声をあげて笑う。
「アッハッハッハ! そりゃ、ありえねーだろ。いくらなんでも、半年なんてかかんねーだろ」
「そうかな。果たしてそう言い切れるか? 運営側の事を、俺達は何処まで知っている? 俺は何も知らない。今回、転移サービスの休止が行われる事になって、俺達クラン全員がここに残る事になった。既にスマホが無くて、もとの世界に戻りたくても戻れない者達は別として、この期間は全員が何が起こっても、もとの世界にはとうぶん戻れないんだ」
トモマサは、続けて言った。
「おいおい、ユキよ。だからとうぶんって言うけどな……心配しすぎじゃねーのか? いくらなんでも、そんな何ヵ月も延びるなんてないだろ」
「いや、あまく見ない方がいい。そもそも、ここにいる者だけじゃなく、他の皆もそうだけど、誰か今まで転移サービスの休止とかそういう事を一度でも経験したものはいるのか?」
しーーん。誰も声をあげない。つまり、今までこんなメンテナンス作業が行われた事はないのだ。いや、あったかもしれない。しかしあくまで、俺達が知る限りではって事だが、誰一人として「過去にあったよ」と答える者はいない。
「俺は正直言って、何かとても不安なものを感じているんだ」
トモマサは腕を組んで、椅子にもたれかかった。眉間に皺を刻み、考えている。今度は翔太が口を開く。
「それで、ユキーはどうしたいんだよ。今更、やっぱ来るべき日にこの世界に残るのはやーめた……なんて、言う訳もないんだろ。未玖ちゃんとかもいるし」
「もちろんだ。でも備えは完璧にしておきたい。それでなんだが……もう時間も差し迫っているし、今日は皆にある行動をして欲しいんだ」
皆の顔を見る。
「先に話した通り、俺や翔太や鈴森は秋葉原で転移アプリをスマホに入れて、この世界へやってきた。そして大谷君や北上さん、トモマサや成田さん。皆も俺と同じく秋葉原のメイドカフェって訳ではないんだろ? それをまず聞きたかった」
成田さんが言った。
「そう、それでもとの世界の事を根掘り葉掘り聞くのは、マナー違反という話をしていたのか。別にそれ位は、皆話してくれるんじゃないか? 因みに僕は、埼玉だよ。埼玉県大宮にあるメイドカフェで、転移アプリを入れたんだ。でもそれを聞いて、どうする?」
「成田さんは大宮か。実は、今日はそれぞれ自分が転移アプリを入れた店に行ってもらいたい。そしてそこで、来たるべき日に何があるのか……まだ何か知らない事がないか、各自情報を仕入れてきてほしい」
「それなら既に運営側からのメールに書いてあったよ。転移サービスの休止。つまりシステムメンテナンスだ」
「じゃあ、成田さん。そのシステムってなんなんだ? 何か解るか?」
「いや……それは僕にも解らないし、聞いたって教えてくれないと思うけど」
「教えてくれないなら、それは仕方ない。だけど備えは万全にしたいんだ。なんでもいいから、何か他に情報を仕入れられるのなら、各自それぞれ聞いてきてほしい。それで何も有力な情報が手に入らなければ、それはそれでいい。でもダメもとで、一度聞いてみるのもいいだろう」
俺の考えに、この場にいる全員が顔を見合わせ話し合った。そして、多少の質問や意見はあったけれど賛成はしれくれた。
アプリを入れる契約店に行って、何か他に情報がないか探る。今の時点で何か見落としは、ないか。リスクとしては、来るべき日までの1日を消費してしまうが、他に大した事はない。だからこれについては、皆賛同してくれると思っていた。




