Phase.428 『魔人の拳の引き継ぎ』
未玖とアイちゃんが、今にも泣き出しそうな顔で、俺のもとへ駆けつけてきた。堅吾もいる。
「ゆきひろさん!!」
「ユキ君!! 怪我をしたって!!」
「未玖もアイちゃんも、そんなに心配しないでくれ。大した事はないんだ。未玖は知っているだろ? 俺がゴブリンとやりあって大怪我した時のこと。あの時に比べたら、かすり傷程度だよ」
そうは言っても、2人の顔から心配の色は消えない。申し訳ないという気持ちと、こんなにも心配してくれてありがとうという感謝の気持ちが溢れる。
あれからこの拠点に戻ってきてから、ここの拠点のクランメンバーに、尾形さんの家まで連れていかれた。そしてそこで傷の治療と、尾形さんが死んだ時の事を詳しくもう一度聞かれた。
とうぜんの事と思う。ぶっちゃけた話、俺が尾形さんを殺したって可能性もあるのだから。でもあのダンジョンには、崩れた壁の奥の通路や、ハサミムシに殺された尾形さんの死体がそのままになっている。真実は証明できる。
話を聞いてくれたのは、尾形さんのクラン『魔人の拳』の副リーダーで、米津手さんという人だった。
「事情は、完全に理解した。そうか、あのダンジョンにそんな恐ろしい魔物がいたなんてな。ハサミムシの魔物は、俺達も未確認だ。でも昆虫系の魔物は沢山いるし、そんな奴があんな場所にいたとしてもなんら不思議ではないだろう」
「念の為、あのダンジョンの入口は封鎖した方がいいと思う。かなり危険な奴っぽかったし」
それを言うなら、ゴブリンやコボルトやゾンビ、ウルフなども危険だ。でも尾形さんはあの虫に殺されて喰われた。だからちゃんと口にして、危険だと言っておきたかった。
「解った。今後の事も含め、仲間とも相談してみよう。それで、椎名さん達はこれからどうする? 自分達の拠点に帰るのか? 傷が痛むようなら、良くなるまでここにいてくれても構わないが」
「本当はこの後、リバーサイドにもよるつもりだった。だけどこの怪我だとな。とりあえず、自分達の拠点へ戻ると思う。うちは薬草畑もあるし、治療のできる仲間もいるから」
「そうか、解った。それじゃ、気をつけて帰ってくれ。それとここのクランは、俺が引き継ぐ事になったから――そういう事で、これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく」
安藤さんは、馬車を出発させる準備を整えてくれていた。皆、集まっている。
「ユキ君」
「え?」
大井さんが俺の近くに寄ってきて囁いた。何かあったのかと思い、大井さんが目を向けた先を見ると、そこには奴らがいた。
市原、山尻、池田。あいつら、大谷君達を追ってこの世界へやってきただけだったのに、まだいやがるのか……まあ、あいつらは仲間じゃないし、俺は知らんけど。
市原達は、明らかに俺を睨んでいた。そして誰かを探している。俺達の中に、大谷君や小早川君、有明君がいないか探しているのか。米津手さんが、俺と大井さんに気づいて言った。
「市原達か」
「ああ。あれから、上手くやっているのかなって思って」
「正直、俺はあいつらと上手くはやれてない。尾形さんが居なくなった今、俺もそうだし他のクランメンバーもあいつらと上手くやっていけるか心配だよ」
「そうか」
何が心配なんだ? っとは、敢えて突っ込んで聞けなかった。正直言って、もうこれ以上、あいつらに関わりたくなかった。
全員馬車に乗り込む。御者席には、安藤さん。米津手さんと、彼と一緒にいるこの拠点の人達に別れの挨拶をすると、俺も御者席へ乗り込んだ。馬車を引く、二頭のストロングバイソン。馬車が動き出し、俺達は尾形さんと米津手さんのクラン、『魔人の拳』の拠点である廃村を後にした。
荷台からは、アイちゃんと大井さん、そして堅吾の声が聞こえてくる。未玖は、なんだか大人しい。ガタガタと揺れる馬車。安藤さんは、前方を見ながら口を開いた。
「色々とあったみたいだなー」
「ああ、尾形さんが死んだ」
「きついなー」
「ああ、でも尾形さんは、【喪失者】じゃなかった。死ぬのは誰だって怖いし、受け入れられるもんじゃないけど、それなりには覚悟はしていたと思う」
「…………」
「それでも、あんな場所であんな気持ちの悪い昆虫の魔物に殺さるはずじゃなかった。来たるべき日が来たら、一緒に協力するはずだったのに……来る前に死んでしまった」
「運がなかったのさー。仕方ない。それに椎名さんは、尾形さんを助けようとして頑張ったんだろー?」
「なんで?」
「海ちゃんから聞いたー。ダンジョンの隠し通路、そこにズンズンと入っていっちゃった尾形さんを、椎名さんは追って行ったんだろ。勇気があるじゃない」
「茶化さないでくれ。必死だったんだ」
「ははは、それで……本当にうちへ帰っていいのかい?」
「ああ。本当は今日、リバーサイドに行って、小雪姫にももう一度会って話をしておきたかったんだけどな。でもあのハサミムシにやられた足も、かなり痛いし……尾形さんの事もあったから、一度戻ると決めた」
「そうか……」
「なんだ?」
「小雪姫、可愛いもんなー。おいらがリバーサイドに入り浸っていた理由もそこにあったりして」
「可愛いのは認めるけど、そうじゃないよ。来たるべき日に備えて、ちゃんと互いに協力できるように、打合せしておかなくちゃならないだろ」
「まあ、そうだな」
ガタガタガタガタ……
馬車に揺られながらも、安藤さんとそんな話を続けた。
安藤さんは、尾形さんの悲惨な死に方を見ていない。あのダンジョンの怖さも知らない。けれど彼の小雪姫は可愛いとかそういうくだらない話は、予想だにしなかった尾形さんの死で、ずっしりと重たくなってしまっていた俺の心を、少しでも軽くしてくれているような……そんな思いやりみたいなものを感じた。




