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Phase.426 『鋏 その1』



 俺はこの生き物を知っている気がする。懐中電灯で照らした場所には、尾形さんの身体の一部が散乱していて、それをギチギチと嫌な音を立てて食べている大きな虫がいた。


「な、なな、なんだこいつ……」


 ギチギチギチ……


 尾形さんは既に絶命している。この静まり帰っているダンジョン内で、彼の悲鳴が聞こえてこなかった事から考えて、この虫に一瞬にして殺されたのかもしれない。


 ここで何があったのか――頭を巡らしていたが、恐怖で何も思い付かない。自分の身体が硬直してしまっている事に気づいた。


 ついさっきまで、普通に話をしていた尾形さん。彼の変わり果てた姿を見た衝撃も大きかったが、何よりその尾形さんが得体の知れない恐ろしい虫に喰われていた事……それと俺自身が、その虫と目が合ってしまっている衝撃が凄まじい。


 ギチギチ……


 じっとこっちを見ている。尾形さんの身体を、むしって食べている。昆虫独特の顎。その外側には大きな鋏。更に尻の方にも、大きな鋏がついていた。そう、俺がこの生き物を知っていると思ったのは、ハサミムシに似ていると思ったからだった。


 だがハサミムシって、尻の方にハサミがついているだけだったような……なのにこいつは、顎にも大きなハサミがついている。例えるなら、クワガタとハサミムシの中間のような生物。尾形さんは、きっとこいつの、どちらかのハサミで殺られたのだろう。


 ギチ……


 一瞬、目の前のハサミムシが大きく動いたように見えた。やばい、さっきから俺の方を見ているし、次の瞬間にいきなり襲い掛かってくるかもしれない。こんなのに飛び掛かられたら、まともにやって勝てる気がしない。全長なら人間程の大きさはあるし、なによりそのデカさの昆虫っていうのがまた怖かった。


「くそっ! だからと言って、このままお見合いしていても仕方がない。逃げるか……」


 さっさと逃げ出したかった。でも逃げた途端に、物凄い勢いで追いかけてきそうな感じもする。こいつ、素早いのか……それとも、鈍いのか……


 えええい! どちらにしても、この場から逃げるしか選択肢はないんだ!!


 動かなくなった硬直した身体に鞭を打ち、まず右足から後ろにさげた。大丈夫、慎重に。更にそこからゆっくりと後ずさる。すると次の瞬間、尾形さんを貪っていたハサミムシは、食事を中断してこちらへ身を乗り出した。その動きは、意外と早い。戦慄が走る。


 キシャアアアアア!!


「うわあああああああ!!!!」


 ピンと張った糸が切れたように、俺は振り返って全力で走って逃げだした。振り返る余裕もない。だけど後から追いかけてきているのは、解る。背中にビンビンにその殺気を感じていた。


 ガサガサガサガサガサ!!


「ぎゃあああっ!!」


 躓いて転んだ。でもすぐに起き上がり、再び出口に向かって走り出す。膝を擦りむき、狭い真っ暗な通路を無我夢中で駆け抜け、肩をぶつけ腕をぶつけた。痛みを感じている暇もない。


 あの大鋏は間違いなくやばい。あれに挟まれたら、簡単にバッサリと切断されてしまう。自分の拠点まで戻れば虎の子ポーションがあると言っても、首を切断されれば即死は免れないし、腕や足だったとしても失えばもう流石にもとには戻らないだろう。


 ガサガサガサガサ!!


「うわああああああ!!!!」


 悲鳴をあげにあげた。なさけなくたっていい。悲鳴をあげずにいられない恐怖。そしてもう一つ、理由もあった。この悲鳴が俺が戻るのを待ってくれている大井さんに聞こえれば、何かあったのだと警戒はしてくれる。


 ガサガサガサ……


 しかし途中で追ってくる虫の音が、急に聞こえなくなった。でも俺は振り返らず、足も止めずに走り続けて大井さんが待っている場所へどうにか辿り着いた。大井さんは、俺の悲鳴を聞いたらしく、俺の方へ懐中電灯を照らしながら、その手にはナイフを持って警戒していた。


「大井さん!!」

「ユキ君!! 何かあったの!?」

「魔物だ!! デカいハサミムシみたいな昆虫系の魔物が現れて、襲ってきた!! かなり狂暴な奴で危険だ。直ぐにここから脱出しよう!!」

「え? うん。でも尾形さんは?」

「…………く」


 ショックを受けている暇はなかった。まずはここから、一秒でも早く脱出しないと。でないと俺も大井さんも、あいつに殺される。


「そのハサミムシに殺された」

「え……そんな」

「この目で見た時には、既に殺されて喰われていた。さあ、逃げよう!! ここでボヤボヤしていると、俺達もあいつに殺される」

「え、ええ! 解ったわ」


 大井さんを先に行かせた。もし追い付かれたら、俺がなんとしても喰いとめて、その間に大井さんだけでも逃がそうと思ったからだった。


「ユキ君、こっちよ。ほら、ここを曲がれば私達が、最初に通ってきたダンジョンの入口よ」


 隠し通路があって、更に奥はあったけれど、このもともと見つけていたエリアは至って広くない。大井さんは、自分で言った箇所を曲がろうとした。刹那、何か嫌な気配がした。いつもの第六感。俺は咄嗟に大井さんの腕を掴んで、後ろへ引っ張る。


「きゃああっ!!」


 ジャギンッ!!


 曲がり角。死角になっている場所から急に飛び出して来た、大きな黒い鋏。これには、大井さんも流石に悲鳴をあげる。


「きゃあああ!! な、なに⁉」

「こいつだ!! こいつが、尾形さんを殺したんだ!!」


 俺は剣を両手でしっかりと強く握ると、構えた。


「大井さん!! 俺が合図したら、出口へ走ってくれ!!」

「で、でもユキ君は!!」

「もちろん、逃げる!! でもここで引き返したら、俺達は一貫の終わりだ。ここはなんとしても、突破するしかない!! さあ、しっかりして!! 奴が襲ってくるぞ!!」


 テラテラと黒光る身体。通路の角から、大きなハサミムシが姿を現した。


 こいつは、さっきの尾形さんを喰っていた奴と同じ奴だ。


「うおおおおおおお!!!!」


 奴の姿が見えるやいなや、俺は剣を上段に構えて力任せに思い切り打ち込んだ。ハサミムシは、その俺の攻撃を自慢の大きな鋏で受け止めて弾いた。俺は体勢を崩してしまい、そこを狙ってハサミムシは顎にある大きな鋏で、また俺の首を狙って突っ込んできた。


 自分の頭が飛ばされたと思ったけれど、なんとか剣で受け止める事ができた。しかし凄い力で、跳ね飛ばされる。衝撃で地面にひっくり返りそうになったところを踏ん張って無理やり耐えたが、今度はそこを狙って尻の方の大鋏が襲ってきた。


 狙いは足。そう言えば尾形さんは、両足ともこいつに切断されてしまっていた事を思い出してしまった。

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