Phase.42 『人工物の事』
――――火曜日の朝。6時に起床。
もとの世界では、仕事のある平日は出勤ギリギリまで粘って眠り、休日は前日にネトゲ祭りを終えてから眠るから、昼か遅くて夕方に目が覚めていた。
しかし『異世界』に来てからというもの、早朝に目覚め行動する事が多くなった。なんと健康的なんだろうかと思う。
寝室では、未玖が使っている。扉の奥からは物音ひとつしてこないので、まだ眠っているのだろう。俺は椅子を一列に並べて作った簡易ベッドから起き上がると、まだ完全には開かない目を擦りながら小屋の外に出た。
今日も天気はいい。すっかり空色が青色になってきていて陽の光も強くなってきている。
俺はまず深呼吸をして軽いストレッチで身体を伸ばすと、辺りを眺めた。目の前には、長野さんが立てたテント。そして柵。昨日は食事の後ずっと柵の補強と増設をしていたので、また随分と小屋の周りが広くなった。これだけ自分の領地が拡大されたと思うと、なんだかニヤリと笑ってしまう。
ただこれだけ領地が広くなると、色々な事ができそうだが魔物から守る事も大変になってくるだろう。俺と未玖二人だけじゃ、不安だ。
今日は火曜日の朝。今週木曜の朝には、俺は一度元の世界へ戻らなくてはならない。会社があるからだ。
もとの世界へ戻れば、ついでにまたネット通販で必要なものを購入しようと思う。とりあえず今頭に浮かんでいるのは、この折角手に入れた広大な領地を守る為のバリケードを作る為の有刺鉄線の購入だった。
作った柵の前には、徐々にまた馬防柵を配置していきたい。だけどその外側に、一周ぐるっと有刺鉄線を張っておきたいのだ。所々に杭を刺して、有刺鉄線を張る程度の作業なら簡単だ。それだけの事で、お手軽に更にこの拠点の防衛力を高められる。
考えを巡らせていると、目の前のテントから長野さんが姿を現した。手にはマグカップやらインスタントコーヒーの入った瓶やら持っている。
ふむ。寝室と寝袋は未玖にあげたし、今俺の寝床は小屋の中で椅子を並べて毛布一枚羽織って眠っている。テントか……俺もテントで寝てみるっていうのも、凄くいいかもしれないな。
考えてみればテントで寝た事などない。いや……物凄く幼かった頃にあったか。中学生の時にも友達とキャンプ場に行った思い出もあったかもしれない。それでも凄く昔の事で、テントでの生活や寝心地などどうだったかなんて忘れてしまっている。
いいテントがあったら購入して、俺の寝床として設営しても面白いかもしれないと思った。
そりゃ小屋の中で眠る方が安全に決まっている。だけど、そのうちこの『異世界』の生活にも慣れてきたりしたら、この周辺以外にも探索に出るかもしれない。それを考えると、テントでの生活や設営など今のうちに慣れておくのも悪くないと思った。
け、決してただ長野さんがテントで寝泊まりしているのを見て「いいなー、俺もやりたいなー」って単純に思った訳じゃない。深い考えがあるのだ。ホントだ。
「おや、おはよう椎名君! 早いのう!」
「おはようございます! 昨日は柵作りなど手伝ってくださってありがとうございました。お陰で――見てください!! こんなに俺と未玖の領地が増えました」
「わっはっは、領地か。上手い事をいう。確かにここはもう、椎名君達の土地じゃわ」
「……誰かの……って事はないでしょうか?」
「うん? それはどういう事かの?」
「いえ、俺はもとの世界じゃゲームばかりやっている会社員なんですが、ファンタジー世界のゲームとかって、魔物以外に王国とか帝国とか、旅立ちの村とかそういうのが登場するんですよ。ここも実は、何処かの国で誰かが支配する土地なんじゃないかと思って。そうだとしたら、そのうち異世界人……兵隊がやってきて俺達は勝手にこの土地を使用していた不法占拠者として罰されるかもしれないんじゃって思ったりもして」
「わっはっはっは。確かにその可能性は否定できないな。椎名君が今住んでいる丸太小屋も、女神像もこの『異世界』の誰かが作った人工物じゃ。儂は、もともとはもっと遥か向こうの地から椎名君と未玖ちゃんのおるこの地まで旅を続けてきた。そして他にもいくつか、この『異世界』の人工物を目にしてきた」
「ええ! 本当ですか!? そ、それってどういう……」
「様々じゃよ。神殿のようなものもあったし、村や街も見つけた。廃墟になっておったがな。そう言えば、遠目に見ただけじゃが城も見た」
「城……じゃあやっぱり、王国とか帝国みたいなそういう……」
「じゃがな、補給物資調達の為にたまにもとの世界へ戻ったりはしておるがの、かれこれ1年近くこの『異世界』を徘徊しておるが……儂は一度も異世界人にあった事がない。もしかしてと思っても、ゴブリンとか人型の魔物であったり、儂や椎名君のような転移者だったりじゃ」
「そうなんですか……でも文明が残っているのなら、絶対何処かに異世界人はいるはずですよね」
「儂もそう思っとる。旅を続ける理由の一つに、異世界人の存在を確認したいからっていうような事もあるのかもしれんな。この先、旅を続けて異世界人に遭遇するようなことがあれば、まず君に知らせにくるよ」
「是非、お願いします」
小屋の方から音がした。見ると、未玖がまだ寝足りないと言った顔で起きてきた。俺と長野さんは寝ぼけている未玖の姿を見て笑うと、朝食の準備をする事にした。




