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Phase.417 『彷徨いし者 その2』



「ウワアアアアア……」


 ゾンビものの映画やアニメなんかでよく聞く、呻き声。この『異世界(アストリア)』で初めて見たのは、小貫さんの仲間を弔ってやろうと、佐竹さん達のもとへ行った時だった。


 佐竹さんや須田さんの死体は、例のブルボアにやられて目も当てられない程に損壊していた。


 だが戸村さんの死体は、ある程度残っていた。目も当てられない程っていうのは、佐竹さん達と変らない。だけどその2人よりは、原型をとどめている……というか、残っている部分が多かった。だからゾンビになって動いたのかもしれない。


 どうして戸村さんがゾンビになったのか、その原因は解らない。だけどゾンビになって俺達に向かって来て、襲い掛かろうとしていたのは事実だった。


 あの時は、戸村さんに対する悲しみと、初めて目にするゾンビの衝撃と気持ち悪さで、正直気が動転していたと思う。吐き気もあった。


 でも今はどうだ? あれから何度もゾンビを倒して、少しは慣れてきている。


「ウアアアアア……」


 ザクッ!! ザクッ!! ズバッ!!


 襲ってくるゾンビの両足を斬り、ゾンビの体勢を崩すと、迷う事無く剣で首を突き刺した。ドサリと倒れると、まるで西瓜割りのように、ゾンビの頭に剣を振り下ろす。


 また飛んでくる矢の音。3体目、いや4体目のゾンビを大井さんが射抜いて倒した。残る1体の前に俺は躍り出た。


「ウオオオオオ……」

「くそ! いったい、この世界で何人の転移者が死んでいるんだ!!」


 気が付けばそんな事を口走っていた。向かってくるゾンビに対して、大きく剣を振る。頭がゴロリと転がった。


「はあ、はあ……これで全部か」


 慣れてきたと言っても、思っているよりもかなり無理はしていたらしい。気が付けば俺は、大量の汗をかいていた。額を拭きながらも、周囲を警戒する。他にまだゾンビは残ってはいないか。とりあえず、俺が2体で大井さんが3体。最初に確認したゾンビは全て倒したはずだが。


 大井さんがこちらへ駆けてくる。


「大丈夫、ユキ君」

「ああ、大井さんも」

「私は、後方から矢を放っていただけだから大丈夫よ」


 北上さんもそうだけど、相変わらずの弓の腕前だった。狙った獲物を外さないという言葉があるが、まさに大井さんと北上さんの為にあるような言葉だと思った。そして2人が手にしているコンパウンドボウの貫通力とその威力。下手な銃よりも、はるかに強力な武器だ。


「どうやら、辺りに他のゾンビはいないみたいだな。この5体だけのようだ」

「それじゃ、全部倒したし、馬車まで戻る?」

「そうだな。とりあえず大丈夫だろう」


 そう言えば魔石の事を思い出した。大井さんと北上さんは、魔物の体内からたまに見つかる魔石という黒い石を集めていた。もしかしたらゾンビにも……なんて、恐ろしい発想を一瞬してしまい、頭から振り払う。


 俺達が倒したのは、ゾンビだ。それは間違いない。しかし以前は、俺達と同じ人間だったのだ。ゴブリンやコボルトでも、倒した後にその体内から魔石をほじくりだすのに気持ちが悪くなってしまうのに、人間だったゾンビに対してとてもそんな真似はできない。


 それにゾンビの体内に魔石が生成されているなんて、とても思えなかったというのもあった。大井さんも同じ考えなのか、魔石について全く触れない。


 俺と大井さんは、木々の生えるこのゾンビが徘徊していた場所から、また先程川遊びしていた所まで戻り、そこから馬車の停車している場所へと戻った。


 荷台から未玖とアイちゃんが、顔を出す。心配と安心が入り混じった表情。安藤さんは、こちらに向かって手を振っていて、堅吾はこっちへ駆けてきた。


「ゾンビッスか?」

「ああ、5体いたけど、大井さんと俺で全部始末した」

「流石、幸廣さんッスね。言ってくれれば、自分も行ったんスけどね」

「いや、堅吾には、馬車を守って欲しかったから」

「押忍! それはつまるところ、自分が頼りになる男だと思われていると思ってもいいって事っスか?」

「そりゃそうだろ。堅吾は、頼りになる男だと思っている。っていうか、皆思っているんじゃないか。特に戦闘面に関しては」

「おっしゃーー!! 幸廣さんに、褒められたーー!! 俺は頼りになる男だとさ、しっかりと聞いていたか、海」

「ちゃんと聞いていたけど、戦闘面は……ってユキ君は、言っていたと思うけれど」

「はあ? そうだった? 戦闘面もだろ?」


 堅吾と大井さんが、こんな言い合いをしていると、なんだか笑顔になってしまう。それは、2人共俺にとって、大切な仲間であり一緒にこの世界で戦う仲間であり、家族のような存在だからかもしれない。


「それじゃ、大井さんも堅吾も馬車に乗ってくれ。安藤さん、寄り道して悪かった」

「ああ、別に気にしない。おいら、結構ぼーーっとこうやって煙草でも吹かしてのんびりやってんのも好きだし。それじゃ、廃村に向かおうか」


 再び全員、馬車に乗り込むと尾形さんの拠点に向かって動き出した。安藤さんの隣、御者席へ移ろうとしたら、先にアイちゃんがそこへ移動して座った。彼女は未玖の手を引いて、一緒に座る。


 御者席には、安藤さんとアイちゃん、未玖も並んで座っているので、狭い。


 しかし、こんなにアイちゃんと未玖が仲良くなるなんてな。まあ、いい事だ。


 馬車の運転は、安藤さん。周囲の見張りは、御者席に座る未玖とアイちゃんに任せて、俺は荷台で小さく座って身体を休めた。なんとなく自分の手を見ると、小刻みに震えている。なるほどな。さっきゾンビと、思い切り戦ったからだと思った。


 すっかり慣れてきたと思っていたけれど、やはりもともと人間だったものを相手するっていうのは、それなりに堪えるものがあってとうぜんなのだ。

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