Phase.416 『彷徨いし者 その1』
河で、暫く時間を忘れて遊んでしまった。
まいった。思ってもいなかった。ここは、拠点の外側の世界な上に、俺達には目的地があって、その途中にちょっと寄り道するつもりだけだったのに……ガッツリと遊んでしまった。
でも未玖やアイちゃん、大井さんの楽し気な表情を見ると、まあ寄り道して正解だったと思う。実は俺が一番楽しんでいたのかもしれないけれど。
アイちゃんは、未玖を連れてまた浅瀬付近をうろうろしている。何か面白い生き物はいないか、探している。楽し気にしているけど、流石にそろそろここらへんで切り上げるべきだろう。予定もある。
「大井さん」
「え、何?」
大井さんの方を振り向くと、彼女は少し遠い場所を眺めていた。
「そろそろ先へ進もうと思って声をかけたんだけど……何かあった?」
「え? うん。ちょっと向こう……あれを見て」
大井さんは、河の上流の方に見える木々が生い茂っている場所を指さした。
「あそこ、人が見える」
「どこ?」
「ほら、あそこ」
確かに木々の生い茂る場所。そこに生える木々の合間から、人の姿が見えた。服装から見ても、間違いなく俺達のいた世界の者達。転移者。
しかし注意深く観察して見ると、変に見える。遠目にだけど、同じ場所をうろうろとしているようにも見えるし、呆然として、ずっと突っ立ったままの者もいる。この辺りは、危険な魔物も普通に生息している場所だというのに、いったい何をしているのだろうか。
川辺で楽し気に遊んでいる俺達が何を言っているんだって感じかもしれないが、向こうにいる人達は見れば見るほど異様に感じられた。
「ユキ君。あの人達、あんな所でいったい何をしていると思う? 尾形さん達のクランのメンバーかしら」
「どうだろう。でも、ちょっと変じゃないか。同じところをうろうろしているというか……ずっとぼーーっとして、突っ立っている人もいるみたいだけど」
「確かに、あのうろうろしている人、なんていうか彷徨っている風に見えるわね」
彷徨っている?
俺と大井さんは、まさかと思って互いに顔を見合わせた。そして未玖とアイちゃんに呼びかける。
「未玖! アイちゃん、こっちに来て!!」
2人がこっちへ駆けてくる。
「そろそろ行こうと思うんだけど……」
「えーー。私もっと遊びたい。未玖もそう思うよね」
「え? えっと……」
「遊ぶのはまたできるし、ここにもまた連れてきてあげるから。だから先に馬車の方へ行って、待っててくれるかな」
何かあった事に気づいた未玖が、先程までの楽し気な感じから一転して不安な顔を見せる。
「ゆ、ゆきひろさん。何かありましたか?」
「ああ、大丈夫。上流の方に何人かの人影を見つけたんだ。でもあれは、おそらくは……」
「放っておけないですか?」
「このまま放っておけば、俺達の拠点や尾形さんの拠点にやってくるかもしれない。ここで手を打っておけば、これについての危険性はゼロになる」
「…………はい。それじゃ、くれぐれも気をつけてください」
「おう、大丈夫だ。大井さんもいるし、怖いものなしだよ」
未玖にそう言って、大井さんにも視線を向ける。すると大井さんは困ったような顔で頷いてくれた。
未玖とアイちゃんを馬車の方へ向かわせた後、俺は大井さんと一緒に河の上流の方へと歩いて行った。木々が生い茂る所に、変わらず人影が見える。俺は剣を抜いた。
「ユキ君、間違いなくあれ、ゾンビね」
「ああ、こうして近づくにつれてそうだと確信できる。とても生きている者の行動とは思えないし」
「私達と同じ、転移者ね。身に着けている衣服とか、どう見てもそう」
「陣内や成子を思い出すよ。噛まれたら、終わりだ。大井さんはできるだけ、遠距離から攻撃してくれ。狙う箇所は――」
「頭でしょ。ちゃんと解っているから」
「そうだった。大井さんは、凄く頼りになる人だった」
「誰と比べて言っているの? もしかして、美幸?」
「北上さんも、とても頼りになる。比べるなら、もちろん翔太とかな。あはは」
「でもユキ君は、秋山君の事を誰よりも信頼しているよね」
「そりゃ……」
そうさと言いかけて、ぐっと呑み込む。そして腐れ縁だからと言った。
ゾンビのすぐ近くまでやってきた。この辺は、一度として来たことがない未開の場所。しっかりと周囲の安全を確認する。ゾンビにだけ気をとられていて、他の何かにやられるなんて冗談じゃないからな。
「えっと……全部で5体もいるね」
「それなら4体だな」
「なぜ?」
「最初に大井さんが1体倒すから」
「そういう事か。それじゃ、期待に応えないとね」
「もう少し前に進んだら、矢を放ってくれ。合図を送る」
「了解」
ゾンビ共とかなり近い距離にまで来た。顔や衣服だけでなく、身に着けている腕時計やネックレスなども確認できる。
こうして見ると、もとの世界から俺達のように、この世界へやってきた転移者なのだと改めて思い知らされる。この世界で、運なく命を落として、見るも無残なゾンビへと変ってしまった人達がこんなにもいるなんて……
俺達も他人事ではない。既に陣内や成子もやられた。この世界で知り合って友人になった佐竹さん、戸村さん、須田さんだって命を落とした。この『異世界』は、美しくも厳しい世界だ。いつ何処で俺達は、命を失っても不思議ではないんだ。
だからって、すんなりと受け入れられる訳でもない。俺はそうならないようにできる事があるなら、それをなるだけ踏んでいく。ここから逃げ出して、元の世界だけの暮らしへも戻らない。未玖や、もとの世界へは戻る事のできない仲間達も、決して見捨てないと誓ったのだ。
俺達はここで楽しく、他の何かにも代えられい最高の異世界ライフを送るのだ。
一番近いゾンビとの距離、2メートルあたりまで来ると、大きな木に身を隠す。奴らはまだ俺には気づいていない。死んでいるからか、腐っているからかは解らないけれど、目や耳、鼻などの感覚もそれ程よくないらしい。ただ、獲物を見つけると、己の身体が傷つこうがどうなろうが、見失うまでずっと追跡して襲い掛かってくる。
「よ、よし。やってやる」
俺は大井さんのいる位置から見えるように、軽く剣をあげて振った。それが合図。すかさず後方から矢が飛んできて、二番目に近いゾンビの頭部を射抜いた。




