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Phase.410 『馬車で巡る その2』



 馬車の操縦は、完全に安藤さんに任せっきりになっていた。彼はこの『異世界(アストリア)』で、馬車とそれを引く2頭のストロングバイソンを飼っているだけでなく、その扱いにも慣れているだけあって、この周辺の地形はある程度頭に入っているようだった。リバーサイドと、更にそこから東にあるという拠点を何度も行き来しているらしい。


 御者席から聞こえる安藤さんとアイちゃんの笑い声。声はあげていなくても、未玖もきっと笑っているに違いないと想像しながら、俺は荷台の方でゆっくりと三条さんと話を続けていた。


「でも三条さん、本当に珍しいね」

「え?」

「いや、変に言葉を捉えないで欲しい。いつもはあまり用心してか、拠点の外へは出たがらない印象があるから、こんな珍しい日もあるんだなーって思ってね」

「ええ、そうですよね。珍しいですよね」

「ははは……」


 俯いてしまう三条さん。あれ、別に責めているつもりも、嫌味を言っている訳でもないんだけど……もしかしたら、そういうふうに言ってしまっているのかもしれないと、自分の言葉を疑ってしまう。


「あの……」

「う、うん」

「自分で言うのも……なんですけど、私は凄い怖がりでビビりなんです」

「解るよ」

「え?」

「俺もそうだから。翔太には、用心深いとかしょっちゅう言われるけど、実は単なるビビり。それが俺の正体」

「そんな……椎名さんは、とても頼りになる人だと思います」

「それは三条さん、勘違いしているよ。この間だって、コボルトとかそういう魔物と戦っている時だって、鈴森やトモマサが怖いもの知らずな感じで突貫しててさ、その横で俺はこんなへっぴり腰で身構えててさ。剣だって握る手は凄い震えていて、それみて自分で笑っちゃったよ」

「ぷっ! あははは、それは嘘です」

「本当だよ! 本当にそうなんだから。だから三条さんが怖いって気持ちも解る。いつも怖がっている。でも同時に、この世界は凄く美しくて魅力的なんだよな」

「……ええ。だから今日は、ちょっと勇気を出してついてきちゃいました。もしかしたら、後悔する事になるかもしれないですけど……でも、私も椎名さん達と仲間ですし、未玖ちゃんも外に出ると聞いて……」


 恐怖と、好奇心。そして親しくしている未玖に対しての、心配と羨ましいっていう気持ち。色々あって、三条さんはついてきたんだって思った。


「それで、目的は廃村の拠点だけなんですか?」

「えっと、一応尾形さんにまた会って話をしたいかな。それからリバーサイドにもよって、今日は戻ろうと思う。リバーサイドから更に東にある拠点は、人も多いみたいだけどちょっと治安が悪いような話も聞いたし、距離もあるみたいだから今日はもう無理だろう。行くなら明日か明後日か」


 そう、そこは治安が悪いらしい。どう治安が悪いか……はっきりとした事はもちろん行ってみなければ解らないけれど、態度がでかくて好き勝手しているえらそうな転移者が何人かいる。聞いた話から、とりあえずそんなイメージがあった。でもその拠点には、信じられない事に自動車があるという。


 車なんて、普通に転移で持ち込もうとしても持ってくる事ができない。自転車は可能らしいけど……だから実際にそこに車があって、この世界を乗り回している連中がいるなら、見ておきたかった。車が実際に走っているという確認。持ち込む方法については、親切に教えてくれるとは限らないし、まず只では、教えてはくれないだろう。


「まあ兎に角、三条さん」

「はい」

「俺達は、同じ拠点に住む仲間だし、既に死地のようなものを乗り越えるみたいな事も何度か経験した」


 ゴブリンが拠点を襲ってきたり、ゾンビが襲ってきたり。色々あった。


「だからもう俺達は……同じクランメンバーは、この世界において家族のようなものだと少なくとも俺は思っている。だから何かあれば遠慮なく頼ってくれていい」

「う、うん。ありがとう、椎名さん」

「パブリックエリアの店の手伝いとか、未玖の事とか含めると、偉そうなことを言って実は俺が三条さんに今の所、助けられてばかりだったりしているけどね。あははは」

「そんな事はないですよ! お手伝いは、それなりにメリットもありますし、私の方こそ椎名さんや未玖ちゃんに……」


 ガラガラガラ……ガラ!


 馬車が停車した。


 もう到着したのかと一瞬思ったけれど、それにしては早い感じがする。うちの拠点と尾形さんの拠点は、近い場所にあると言ってももう少し距離があると思ったけれど。


 俺は立ち上がり、御者席の方へと移動し、外へ顔を出した。


「安藤さん、何かあった?」

「ああ、アレだ」


 安藤さんが指をさした先には、人が数人うろついていた。服装から転移者と解る。そして両腕を前に突き出して、ヨロヨロと足を引きずるように歩いている。鼻を突くような腐臭。


「ゾ、ゾンビ!!」


 驚いて声をあげると、荷台から大井さんと堅吾も顔を出した。


「どうする? 避ける為に迂回するなら、予定よりもう少しかかるかな。でもそうした方がいいか。安全だし」

「いや、ここで倒しておこう」

「マ、マジか⁉ 軽く見える奴を数えても10匹はいるぞ」


 もう人ではない。安藤さんも区別する為に、何人と言わずに何匹と言っていた。こいつらを見る度に、俺は陣内と成子の事を思い出してしまう。もちろん、佐竹さんと一緒に命を落としてしまった戸村さんの事も……


「本気で危険をおかしても、やり合うってのか? なんで?」


 納得がいかないという安藤さん。そりゃ今なら、迂回してゾンビとの戦闘を避ける事ができる。だけど俺には、別の考えもあった。


「ここでもし迂回してゾンビを避けたら、こいつらはいずれ俺達の拠点か尾形さんの拠点に向かってくる。なにせ、常時人に噛みつこうとだけして徘徊しているんだからな」

「でもそれなら、それでいいんじゃないか? バリケード越しならもっと危険も少ない」

「だけどいつ襲ってくるかも解らない。恐ろしい魔物は、忍び寄ってくるものだ。それに尾形さんの廃村には、今の所バリケードはおろか柵やワイヤーなんかも、張っていないんだ」

「ぐ……そう言われると……解った、やっつけよう。じゃあ、どうする?」


 俺は馬車から跳びおりると、向こうにいるゾンビの数ももう一度数えた。すると人間の美味そうな匂いでも嗅ぎつけたのか、ゾンビ共もこちらに気づいたみたいで振り向く。


 低い潰れた声をあげながら、こちらに両手を突き出してズリズリと足を引きずるように近づいてきた。

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