Phase.406 『見せたいもの』
スタートエリアに到着するなり、辺りを見回した。なぜなら、未玖が俺に見せたい何かがここにあるからだった。
改めてまじまじとこのエリアを眺めると、よくここまでできたなと思う。丸太小屋と井戸は、俺がこの地にやってきた時から既にあった。だけど今はそれに加えて、いくつも住居や貯蔵庫、不死宮さんの研究所兼診療所などの小屋が建っているし、草原エリアにあるものと比べると小規模だけど畑もある。
そして所々ではテントや、タープなども張っていて、その下で食事やらお茶やらできるようにテーブルや椅子なども配置してある。
更に極めつけは、トイレと風呂という素晴らしい設備。陣頭に立って作ってくれたのは、成田さんだ。トイレは、スタートエリアに限らず他のエリアにも設置してあるが、風呂は今の所ここだけ。ドラム缶を使用した、まるで漫画に出てきそうな位、滑稽な五右衛門風呂だけど……それでも入ってみると、身体もぬくもるし疲れもとれる。気持ちもいいし、なんというかやっぱり屋外で入る風呂は最高だなと感じる。
「ゆきひろさん、こっちです」
「おお、こっちか」
未玖が俺の手を握って引っ張った。その先に見えるもの。
小屋が一つ。そしてその小屋に隣接して広がる、柵。なんだこれは……
メエ!
柵の向こうには、3匹のストレイシープがいて何か作業を行っている。いや、他にも何かいるぞ!!
コケーーー!!
「うわああ、あれはコケトリス!! もしかしてここで、コケトリスを飼っているのか⁉」
未玖は嬉しそうに「はい」と言って大きく頷いた。
「暫く放し飼いみたいになっていましたけど、数が結構いるみたいだったので、ここに連れてきました」
本当だ。ざっと見て20羽はいるんじゃないか……って、あれ? 増えてないか?
「あとこれも見てください。コケトリスが安心して眠れる寝床も作りました。結構、上手にできたから見てほしくて」
コケトリス専用の小さい小屋が、いくつも並んでいる。うおお、これは凄い。俺が色々とやっている間に、未玖もこんな事をしていたんだ。
「凄いな、未玖」
「そ、そうでしょうか」
「いや、だってほら、畑もやっているしパブリックエリアでは、他の転移者相手に店もやっているだろ。それにこんなのも作っていたなんて……脱帽だよ」
「で、でもわたしはゆきひろさんや、翔太さんみたいに会社とかありませんし……ずっとこの世界にいますから……」
「なるほど。時間を持て余していると。それにしても、これは凄いけどな」
柵とコケトリス用の小屋は兎も角、それらに隣接しているこの大きな小屋は、流石に未玖一人では作れない。きっと成田さんや松倉君が手助けしたんだろうな。
トモマサとか力も有り余っているし、未玖が両手を合わせてお願いしたら、二つ返事で協力するだろうし、鈴森だって口は悪いけど未玖にはなんだかんだ言ってあまい。少し考えてみるだけで、未玖に進んで手を貸してくれる者はいくらでもいるなって思った。
未玖が小屋の扉を開くと、中からピンク色の兎が飛び出してきた。一瞬、逃げるって思ったけれど、兎は未玖の足元を嬉しそうに走り回っている。
「あの時の兎かー。あれからずっと未玖と一緒にいるんだな」
「はい。なぜか、懐かれてしまって。寒い夜は、一緒に寝たりしています」
「へえ、かなり懐いたんな。もうこいつ、未玖の事を母親とかお姉ちゃんとか思っているかもしれないな」
「そ、そうですか。単に、ここには餌が豊富にあるから、いついちゃっているのかもしれないですし」
「なんにしても、賑やかでいいと思う」
そうか、これを俺に見せたかったんだ。確かにこれは驚いた。まるで和やかな牧場みたいだ。小屋に近づいて、中を覗き込む。
「因みにこの小屋は? 餌を置いておいたり、何かコケトリスの世話で必要な道具を置いたりとかしているのか?」
「はい。向こうにある野菜や薬草を育てている畑で使う、農具などもこっちにしまってあります」
「ふーん。本当だ、凄いな。鍬や鎌、金槌に鋸まで揃っているな。野菜や薬草とかの収穫に使う為のものなのか。籠も大きいのから小さいのまで揃えてある。いつの間にこんなに揃えたんだ」
知らない間に、スタートエリアがっていうか、未玖のテリトリーが発展していた。皆、小屋など異世界生活が快適になるものを作ったり、もとの世界から必要になるものを持ってきたりしている。そう言えば大谷君達も、今は羊の住処エリアをメインに活動しているし、今また様子を見に行ったらもっと変わっているかもしれない。
それに比べて俺は、その日その日でねぐらを変えていて落ち着きがないなと思う。それでも一応、それに関しては、ちょっとした計画が一つあった。
尾形さんが廃村を利用して作った拠点、そこへ向かう途中に大きな河があり、その近くに誰かが作った小屋の跡があった。そこを手直しして小さな拠点として、ちょっと住んでみたい。あの時、そういう気持ちになった。あそこにもし小屋が復活すれば、拠点の前哨基地みたいな役割にもなると思うし、かなりいいと思っている。
今からでも暇があれば、早速その作業に取り掛かりたいとも思っているが、来るべき日が来る前に決行するか、それとも来てからするか。それもまだ決めかねている。でもまあ、もっと大事な事は他にもあるし……焦らず考えよう。




