Phase.404 『予感』
――――水曜日。時は、刻一刻と迫ってきている。
来るべき日は、今度の日曜日の10時。その時から、『アストリア』アプリの転移サービスは完全休止する。異世界ともとの世界の繋がりは、一切なくなり行き来もできなくなる。
なぜそう思うのかと言われれば、なんとなくそう感じたからだとしか答える事はできないけれど、俺はワクワクする気持ちと別に、その事になんとなく不安を抱いていた。何か良くない事が起ころうとしているのか……
翔太にもよく言われるけれど、俺は第六感みたいなのが強くて不安を感じたりすると、それが結構当たったりする。
だからこそ、来るべき日までしっかりと準備をして万全に挑みたい。
転移ができない休止期間は、3週間から1カ月位が目処だという。その事で、秋葉原のメイドカフェ『アストリア』まで言って、俺にこの異世界の事と異世界に転移できるアプリをくれたマドカさんに何か聞ける事はないかと、直接聞いてみたけれどはっきりした答えは返ってはこなかった。
…………鈴森と長野さんも、この拠点を出て行ってから数日が経とうとしているし、未だに帰ってこない。心配が積もる。
それでだと思うけれど、俺は昨日からずっとこの『異世界』の拠点にいる。また尾形さんや小雪姫にも会いに行かないといけないし、他の拠点にも行ってみたいとも考えているし……やる事がいっぱいだ。
専務の言葉がなければ俺達は、今勤めている会社を辞職してこっちにいるだろう。そうじゃないと、とても山積みになっている事をやれはしなかった。
「ゆきひろさん」
「ん、未玖。どうした?」
草原エリアで周囲を見回しながら、色々と物思いにふけっていると、いつの間にか近くまで来ていた未玖に名前を呼ばれた。何かあったのだろうか?
「あの……今は、忙しいですか?」
忙しい? ああ、そうか。
来るべき日がやってくる。気の小さい俺は、それまでにできるだけやれることをやっておこうと、最近は常に何か考え続けているし忙しくしている。だからそんな俺を見て、未玖は話しかけるのにも、気を遣ってくれているのだと解った。
「ああ、今は大丈夫だよ」
今はまだ早朝。この後、別のクランの拠点へ行くとしてもまだたっぷりと時間もある。
「それだったら、ちょっと見て欲しいものがあるんです」
「へえ、見て欲しいものか。なんだろう」
未玖は口元を少し抑えて、笑った。
「秘密です。もし良かったらこれからそれを見に来ませんか?」
「よし、それが何か確かめに行こう。じゃないと、それが何か気になってしまって、この後何かするにしても、手に着かなくなっちゃいそうだし」
また未玖が笑った。最近、本当に明るくなったな。でも遠出している鈴森と長野さんの事は、未玖もずっと気にしている様子。未玖にとっても、もう大切な存在なのだ。
未玖は、こっちだと言って丸太小屋や井戸のあるスタートエリアの方へと俺を誘導した。それはちょっと意外だった。未玖が俺に見せたいもの。なんだろうと考えても、何か解らない。でも未玖がやっている店の方に、それはあると思ったから。
例えば何か美味しい、あっと言ってしまう新メニュー。だがそうだとしたら、パブリックエリアに行くはず。でも草原エリアからスタートエリアに行くとすれば、店とは反対方向になる。
森路エリアに入り、未玖と並んで歩く。
「いよいよだな」
「いよいよ……というと、日曜日からの事ですか?」
「ああ、そうだ。やっぱり不安?」
「……はい。でもゆきひろさんや、翔太さん。美幸さんに海さん。皆、わたしと一緒にここに残ってくれるから、ぜんぜん平気です。もしも何かあったとしても、皆と一緒なら……」
嬉しい気持ちと、これから何か恐ろしい事が起きるかもしれない。そんな気持ちが入り混じっているようだった。考えてみれば、未玖はどちらにしても、もとの世界へは戻れないのだ。もしかしたら、戻る方法があるのかもしれないけれど、それも現時点では不明。解らない。
現状、スマホを紛失したりした沢山の人達――【喪失者】と呼ばれているけど、意外と数多くいる。そういう人達が多いって事は、今のところは元の世界へ戻る手立てがないと言える。
だから未玖にしてみれば、来るべき日がやってきたとしても、今までと変わりがないのではないか。
「でもさ、俺や翔太みたいにもとの世界と行き来を繰り返している者からしたら、大事だけど、未玖からすればいつもの事だろ。むしろ、サービス休止期間中は、全員がこの世界にいるし結構楽しいんじゃないかな」
未玖は、にっこりと笑った。だけどすぐに、その表情は曇ってしまい俯いた。歩いていた足を止めて、未玖の真正面に回り込んで、しゃがみ込み彼女の顔を覗き込む。
「どうしたんだ、未玖? 何かあるのか? もしくは、何かを感じている……」
「……はい。わたし……なぜそうなのかって言われると説明できないんですが、とても嫌な感じがするんです」
「嫌な感じ……それって……」
「何か、怖い事が起こる……そんな気がするんです」
俺と同じ感じを、未玖も感じていた。
そう言えば未玖は、この『異世界』で暫くたった1人で生きてきたのだ。この有刺鉄線や、バリケードに守られた拠点の内側じゃない。危険な魔物が徘徊している、外の世界にだ。それでも危険を回避し続け、俺や長野さんと出会うまで、生き延びてきたのだ。
人よりそういう能力がある訳でもないし、特別なサバイバル能力を持ってる訳でもない。きっと未玖は、俺と同じく第六感のような、ちょっと説明はできないけれど直感的なものが備わっているのかもしれない。
俺自身は、そんな事を感じとれる力は、この世界で大きな力になると思っている。




