Phase.04 『転移』
帰りにコンビニに寄って、弁当やお菓子など購入してうちに帰った。
――築60年の木造のボロアパート、201号室。
俺は帰宅すると、まずはリラックスできるスウェットへと着替え、冷蔵にある缶ビールを取るとプシュっと開けて一口飲んだ。うまい。
そして床に座り込むと、スマホを手に取る。
「うーーん、それじゃあ早速ちょっとやってみるか……ソシャゲやるのに10万ってのがとんでもなく驚いたし、完全にぼったくりだと思ったけどお試しは無料だっていうしな。試してみるだけ試してみてもいいか」
そんな事はない。絶対にない。……でももしも10万円払っても良いと思えるくらいの面白いゲームだったらどうしようかと思った。
その可能性は1パーセントも無いだろうと思っている。だけど、0.1パーセントなら? 0.01パーセントなら10万円を払う価値のあるある位、面白いゲームという可能性もあるのではないだろうか。
それに例えどうしようもなくつまらないゲームだったとしても、それは世間一般的な評価であってもしかしたらこの俺には、刺さるゲームという可能性も否定はできない。
「あれこれ考えていてもしょうがない。どうせ、タダなんだ。ちょっとやってみるか。この分じゃ、これが気になってネトゲもできないしな」
ふと時計を見ると、もう20時近くになっていた。翔太の奴、きっともうログインしている。明日からまた一週間、仕事が始まるのかと思うと俺も今やってるオンラインゲームに早くログインして少しでも自分の楽しさをあげておきたかった。
……でも、これが気になる。
なんだか解らないが、気になってしょうがない。俺のスマホにこのアプリを入れてくれた綺麗なメイドさんの顔が頭の中に浮かんできた。
「よし、どうせちょっと見るだけだしな。ちょっと見てみて、少し触ってどんなゲームか理解するだけなら20分か30分位なもんだろ」
スマホの画面を見ると、そこには『アストリア』の文字。それをタッチしてアプリを起動した。
!!
「な、なんだ?」
一瞬、スマホが光を放ったような気がした。そう言えば、あのメイドさんがどんな手を使ったのかは解らないけれど、俺のこのスマホにこのアプリを入れた時にも、スマホが光った事を思い出す。
スマホを起動すると、画面が真っ暗になる。そこに白い文字が浮かび上がってきた。どうやら、簡単な質問、二択のようだ。
「えっと……アストリアへようこそ。あなたをアストリアの世界へご招待します。アストリアは美しく幻想的な異世界ですが、魔物も存在し極めて危険な世界でもあります。それを十分に理解した上で承諾し、異世界へ転移しますか? ……だと?」
今読み上げた文字の下に、それぞれyesかnoかの表記がある。
「まだどんなゲームかは、解んないけれどちょっとドキドキはあるな。ストーリーがクソでもキャラデザとか良ければ、もしかしたらハマれるかもしれない。……10万っていうのがネックだけどな」
独り言。そんな事を言って、俺は軽い気持ちでyesをタッチした。
▶yes no
ピコンッ
「え? な、なんだ?」
何も起こらないし、画面も変わらない。そう思った刹那、俺のスマホがバイブすると共に眩しい程に光を放ちだした。部屋全体が光で真っ白になっていく。な、なんだこれは⁉
これは何かの悪戯⁉ 一瞬、スマホが爆発すると思った。
でも、違った。
眩いばかりの光。視界が真っ白になったかと思うと、急に暗闇になりそして方向感覚を失う。足元が無くなったような感覚に襲われて自分が今どこにいるかも解らない気持ちになった。恐ろしい。とんでもない恐怖が俺の心を鷲掴みにする。俺はどうなってしまったんだ!!
――――――――
視界がはっきりしてくると、俺は一人で立っている事に気づいた。
誰もいない薄暗い草原。その草原のど真ん中に俺は一人、ポツンと立っていた。
「ど、何処だ⁉ ここは!!」
夢でも見ているのかと思った。右手にはスマホ。足の裏が冷たい。みると、俺は靴を履いていなかった。服装も、スウェットだった。
「こ、これはどういう事なんだ? ま、まさか本当に俺は異世界へ来たのか? そ、それともこれは幻覚? いや、異世界がある訳なんてない!! そんなのは創作だろ? しっかりしろ、これはきっと幻覚を見ているんだ!」
それか夢だと思った。
周囲を見ると、一面に草が生い茂っている。遠くには何か鹿のような生き物の姿が見えた。
そして、空。夜空を見上げる。すると、空には沢山の星と月があった。二つの月。
「な、何てことだ……月が二つあるぞ」
目を擦ってもう一度見るが、何も変わらない。俺のいる場所には、一面に草原が広がり空には二つの月があるのだ。
俺の脳裏に不安がよぎる。遠くで、何か犬のようなものの鳴き声。
アオオオーーーーン
い、犬じゃない! 狼かもしれない!
「こ、ここが夢の中なのか幻覚なのかはいい!! こ、これもとに戻れるのか⁉」
焦る。もしこのままずっと、ここに……なんてことはないだろうか? こんななんの準備もしていないような感じで、これから俺の異世界生活が始まるなんて……冗談じゃないぞ!
しかし考えてみれば、俺の知っている異世界もののアニメやゲームの主人公は、いきなり異世界に転生や転移しているパターンがほぼだ。……嘘だろ。
「そう言えば!!」
今は、ここが何処とか夢なのか現実なのかなんてどうでもいい! とりあえず、戻る方法を考えないといけない。
俺は手に握っていたスマホを見ると、翔太に電話をかけた。――しかし、繋がらない。ネットも駄目だ。
「まったくどうなってんだ? そうだ!」
泣きそうになった。でも、我に返る。
「そうだ、アプリだ!!」
俺は急いで、『アストリア』と書かれたアプリを起動する。すると、アプリは起動した。そして文字が浮かんできた。
「なになに……異世界への転移という普通では体験できない経験を楽しんで頂けましたでしょうか? もとの世界へ戻られますか? だと? ……嘘だろ? も、戻れるのか?」
またyesかnoの二択だった。しかし、最初の時と少し違う。文字が暗い。そして、タッチしても反応しなかった。
「おいおいおい! 冗談だろ? 戻れないじゃないか?」
慌てる。この状況で慌てない奴なんているのだろうか。すると、スマホ画面にまた新たな文字が浮かび上がるかのように表示された。
「転移できる正しい場所で、タッチしてください……だと?」
周囲を見回す。……正しい場所だって言ったって周囲は見渡す限りだだっ広い草原と森がある位で……
「うわっ!!」
振り返ると、すぐ後ろの方に人がいると思って声をあげてしまった。しかしよく見るとそれは人ではなく女性の神像だった。――女神像。
女神像に近づいてスマホを見てみると、二択の文字が光った。
「おいおい、こ、これかよ!」
▶yes no
ピコンッ
ここへやってきた時同様に、スマホ画面から光が溢れ出す。眩いばかりの光で目を開けていられない程。
――――気が付くと、俺は東京都練馬区にある築60年の木造ボロアパート、201号室に立っていた。夢か幻覚かとも考えたけれど、足の裏の冷たい感覚に草原に吹いていたそよ風の余韻、それを確かに感じている。
あれは、どうしようもなくリアルだったと思った。
しかし……もとの世界に戻れるのかよ……