Phase.393 『バニーズからアストリアへ』
来るべき日――――次の日曜日の10時に、それはやってくる。今日は火曜日だから、もう一週間もない。
その日がやってくると、俺達が行き来している『異世界』への転移サービスが、使えなくなってしまう。それは一切の完全なる使用禁止で、期間中は、『アストリア』のアプリに表記されているレベルが5以上の者なら、そのまま向こうの世界に残る事ができるが、日曜の10時を過ぎれば、もう暫くはこっちの世界へは戻ってはこれない。
でもそれを言うなら、未玖やアイちゃん、最上さん達はもっと前からそういう状態な訳で……そういうサービスの休止でもなければ、こっちとあっちを行き来できる俺達がピーピー言っているわけにもいかないと思った。
一つ、問題であった仕事の事。それも豊橋専務のお陰でどうにかなったし……
翔太は少し前のめりになって、俺の顔をいつにない真面目な顔で見つめて言った。
「それで、本当のところは何を聞くつもりなんだ?」
「それはもう言っただろ」
「俺は、具体的な事が聞きたいのー。ユキーがその一番気になって、ひっかかっている事を教えてくれよ。そーゆーのがあるから、今日は朝から秋葉原へマドカちゃんに会いにやってきてるんだろ?」
「解った、解った。それじゃ、答えるよ」
翔太の方に向き直る。実は正直言うと、これが一番引っかかっていることだった。だけど何が、どういう風にと聞かれると説明に困る。それに俺自身が、なんとなく感じている事だから、マドカさんに聞いて答えを得ればスッキリするし、それでいいと思って特に口には出さなかった事だった。
「ほんで? なんだよ」
「もう何度も言った事だけど、来たるべき日に転移サービスのアプリが休止して使えなくなる」
「うん。そうだな」
「それなんだけど、翔太。お前はこれを聞いて、どう思った?」
「は? どうって……」
少し斜め上を向いて考えている翔太。ポンと手を叩く。
「そりゃ、お前。『異世界』には未玖ちゃんもいるし、景子ちゃんやアイちゃん、ウラーラもいるしそういうカヨワイ女子達がいるだろ。皆を残して、こっちの世界に戻ってこれるかって事だよ。およそ一ヵ月帰ってこれないっつったらよー、そりゃ怖いし不安だよ。だけど決断した。俺は皆と運命を共にする。そう思った。そういう話か?」
「そうだ、それは俺も思った。翔太と同じ気持ちだ。だけどもう一つ。誰も気にしていない事があるなと思って」
「なんだよ?」
「そのサービス休止に関する事だ。誰も気にしていない。どうして転移サービスが休止するのか? その間、運営側で何かをしているのか?」
翔太は俺のその言葉を聞くと、「はあ? 何を言っているだこいつ」みたいな顔をした。それを見て、更に俺はやっぱりって思った。やっぱり皆、特にそこは気にしていない。
「ユキー。それは、単純に転移アプリの調整とかそういう関連の、システム的なメンテ的な奴だろ? 既にもうこれ、異世界に転移できるってだけで、ファンタジーだからな。俺の理解なんて到底及ばないけど、絶対それしかないと思うぞ。ソシャゲだってそうだろ? メンテが終わって、メンテが始まる! こんな言葉があるくらいに、ソシャゲなら頻繁にあんだぜ」
「確かにそうかもしれない。皆もきっとそう思っていると思う。だけど聞いて確かめた訳じゃないだろ? 転移サービスの休止が必要になる理由って」
「でもファンタジーなんだぞ。聞いて、もしも驚くような事がマドカちゃんから返ってきたとしても、俺達が到底理解できない事かもしれないぞ」
「もしくは……なーんだ、単なるメンテかー……で終わるかもしれない。だけど俺はどうしても気になるんだよ。最上さんが言うには、今回みたいな転移アプリのサービス休止なんていうのは、今までなかった……とういうか、聞いた事がないみたいな事を言っていたし」
「そうなると、単なるメンテにしても初めてのメンテって事になるよな。モガさんの事だから、知らんかったって可能性も大だけど」
暫く考え込む、俺と翔太。
一瞬沈黙したのでこのタイミングで腕時計を見ると、いつの間にか11時前になってしまっていた。俺は自分の荷物とレシートを持ってテーブル席から立ち上がった。
「とりあえず、ユキーがそんなに気になっているのなら、聞いておく事に越したことがないと思うな、俺は。なんせユキーのこういう時の感て、結構な確率で当たるもんな」
「だよな。まあ、とりあえず時間だ。そろそろ行こう」
「おう。ってユキー、ご馳走してくれんの?」
「嫌だよ。ちゃんと自分で食った分は自分で払いなさい」
「ヒンっ」
そう言いつつも、結局翔太の分も出してやった。
「ごちんなりまーーす」
「うむ」
ファミレス『バニーズ』を出て、電気街の少し向こう。雑居ビルがいくつもある地帯へ向かう。そして目的地に到着すると、そこにある雑居ビルへと足を踏み入れた。
メイド喫茶『アストリア』。
なんか、かなり久しぶりな気がするな。
ノブに手をかけて扉を開くと、翔太と共に中へ入る。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
記憶に残っている声。目を向けると、そこには俺に『異世界』の存在を教えてくれた、マドカさんの姿があった。
店内は、結構お客さんが入っていた。
「ご主人様、こちらへどうぞ」
隅の方の席に誘導される。
翔太と2人、案内された席に腰かけると、目の前にメニューを持ったマドカさんがやってきた。翔太に目をやると、もうマドカさんを見る両目ともがハートマークになっていたので、俺がしっかりするしかないと思った。




