Phase.392 『情報収集 その1』
――――火曜日。朝、9時。
なんと俺と翔太は、今日は高円寺にある自分達が働く会社へは出勤せずに、2人して秋葉原に来ていた。
もう会社なんてどうだっていい。ブッチしてやるぜ……って思った……って訳ではない。実は、昨日の夜、最上さんと川エリアで話を続けていると、途中から豊橋専務が現れて混ざってきたのだ。
それで専務も加えて、遅くまで話をしていた。その時に専務が、俺に言ってくれたのだ。今日からはもう会社にこなくても良いと。でもクビには、しない。それは翔太や北上さんや大井さんも同様で、表向きの扱い的には、自宅でのリモートワークのようなものにしてくれるらしい。
ありがたかったが、正直それでいいのか解らなかった。クビは覚悟していたし、無職になったらなったで『異世界』に集中できる。そうは思っていても、一応これでも少しは責任感がある。どうにもならなくなるギリギリまでは、会社に出勤するべきだと思っていた。だからこそ、専務のはからいはありがたいとも思う。
だけど同時に専務が俺達をクビにせず、俺達を手元に置いておくのは、別に会社の為ではない事に皆気づいていた。
「ユキー、着いたぞー」
「おおー、着いたか」
秋葉原の朝は、遅い。この街の店はだいたいもう少ししてから……昼前位から動き出すところが多い。もちろんオープンしている店もあるだろと言われれば、そりゃ開いてはいるけれど、俺達の行く店はたいていそういう所が多かった。
だからまずは、翔太と2人でいつものファミレスに入った。『バニーズ』という名前のファミレスで、日本全国で展開している誰もが知っているチェーン店。
特にこのバニーズ秋葉原店は、俺はよく来る所だった。秋葉原で何か買い物でもしようか。そう思ってここに出てくる場合は、決まって俺は店がまだあいていない時間帯――少し早めに到着する。そして店のオープンまで少し時間を潰す為、バニーズに入ってモーニングを注文し、ソシャゲやらネット小説やらを読んだりしているのが楽しみの一つだった。
あと思い出すのは、この店で鈴森孫一と出会い、俺達の仲間になったんだったな。
…………鈴森は、長野さんと一緒に俺達の拠点を旅立った。順調だったら5日位で戻るとは言っていたけれど、やっぱり心配はしてしまう。特に翔太は、俺なんかよりももっと心配しているだろう。
頼むから、無事に帰って来てくれと祈る。
「さーて、中に入ろうぜ」
「お、おう」
翔太の言葉に応えると、ファミレスに入店した。
「いらっしゃいませー、バニーズへようこそ。お客様、何名様でしょうか?」
「2人でーす」
「それではご案内致します。どーぞ、こちらへ」
翔太が対応してくれた。
テーブルに着くと、俺達は揃ってモーニングを注文した。ドリンクは珈琲。朝はやっぱりこれで、向こうの世界でも最近は必ず珈琲を飲んでいる。しかも焚火で沸かしたお湯で入れる珈琲は、最高だ。ガスとなんの違いがあるのか? そう聞かれると答えに困るし、気分的なものかもしれない。だけど俺が美味いと感じているのは事実だった。
モーニングがテーブルに運ばれてくると、俺と翔太はそれらを平らげた。食後の珈琲を続けて楽しんでいると、翔太が店の壁に取り付けられている大きな時計に目をやって言った。
「まだ少し時間があるなー」
「お前、これから何処にいくか解っているのか?」
「え? そんなの決まってんじゃん! マドカちゃんのところだろ? 彼女に会いにだ。いっしっしっし」
こいつは、女なら誰でもいいのかと思ってしまう。だけど確かにマドカさんは、とても可愛くて綺麗で……まるでお人形さんのように見えて、謎めいていた。
「それで、今日はユキー。マドカちゃんに告白するのか?」
「はあ?」
「付き合って下さいって言って! って駄目駄目! マドカちゃんは、俺と付き合うんだからな! それにユキーは、未玖ちゃんやアイちゃんがいるじゃんか! だからせめて俺には、美幸ちゃんと海ちゃんとマドカちゃん……譲ってやってくれよー。大切にするからよー」
「なんだそりゃ。違うだろ。お前は何を言ってんだよ。一週間後っつうか、もう一週間無いけど、来るべき日の事――それをマドカさんに聞きに来たんだろ」
「あっ、そうかー。そういや、そうだったな。失敬失敬」
こいつは、何処から本気で何処まで冗談なのか。親友だとしても、たまに解らなくなる。だけどこいつが一緒に『異世界』にいて、同じクランにいるだけで心強いものはある。
翔太は珈琲をずずずっと飲むと、カップをソーサーの上に置いてこっちを見た。
「それで、マドカちゃんに何を聞くんだっけ?」
「そりゃ、来るべき日の事だって言っているだろ? 公には、三週間から一ヶ月くらい。そうは言っていたけど、それって未定って事だろ。だからもう少し具体的に知りたいと思って」
「答えてくれるかなー。そんなのマドカちゃんだって、解らんでしょ」
「そりゃ俺もそう思うよ。でも聞いてみないと何も解らない。それに昨晩、最上さんも言っていたけれど、何か引っかかるんだよな。胸騒ぎがするというか……」
翔太が、あきらかに嫌な顔をする。
「胸騒ぎって、やめてくれよ。ユキーのそういう感、当たっちゃうだろーがよ」
「だからだよ。転移サービスの休止期間、その間……何か特別な事はないのか。また気にしなければならない事があるのか? 答えられない、特にないとか言われるかもしれないけれど、それでも聞いておきたい」
「なるほどな」
腕を組んで眉間に皺をよせて唸る翔太。そんな相棒を眺め、俺は珈琲の入ったカップに手を伸ばした。




