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Phase.391 『転移メンテ』



 もう辺りは、真っ暗になっている。肌に感じる風、珍しく少し生暖かさを感じた。


 『異世界(アストリア)』、この俺達の拠点がある場所は、昼間は蒸し暑く、夜は肌寒い日がほとんどだけど、たまにこういう日があった。もとの世界の夏頃に感じる、さっき会った団頃坂さんとの会話じゃないけれど、まるで幽霊でも出そうな生暖かい感じのする夜。


 それが今日だった。


 川エリアは、川辺に設営した最上さんのテント。最上さんはそこで焚火を熾すと、その火を使って虫よけを焚いた。


「今日はちょっと蒸し暑い夜だね。でもできるだけ、焚火の近くに寄った方がいいね」

「蚊がでるとか?」


 最上さんは、うんうんと頷く。そう言えば、俺達の拠点の中でもここはかなり蚊が出るエリアで、最初この辺でテントを張っていた翔太や鈴森が、大量の蚊に刺されて大変な事になっていたっけ。


「そうそう。でも虫は火や煙を嫌うからね。焚火をすれば、大きな虫よけにもなる。それにここには、もとの世界の薬局なんかで売っている市販の虫よけも設置しているからね。この辺に居れば刺されないよ」

「そう、なら良かった」


 そんな他愛もない会話を続けていると、最上さんは俺に珈琲を淹れてくれた。


「どうぞ」

「ありがとう」

「それで、これからどうなるのかな?」

「え?」


 珈琲の入ったカップを口につけた所で、最上さんはそう言った。思わず「え?」と聞き返してしまったけれど、実は最上さんの気にしている事は解っていた。


 最上さんは、出羽さんや堅吾、アイちゃん達と同じく【喪失者(ロストパーソン)】だ。もとの世界に戻りたいと思っても、戻れない。だからこそ、来たるべき日の事を気にしている。


「来たるべき日……一週間後だっけ?」

「転移サービスが休止して、一切使えなくなる期間か。心配しなくても、俺や翔太もこの世界に残るよ。他の皆もそうだ。全員、一緒に行動を共にするつもりだから」


 最上さんは、にこりと微笑むと肩を落とした。何か、不安を感じているのか?


「ぼかあ、ここで釣りばかりしているよ」

「え? ああ、そうだな。最上さんには、いつも美味しい魚とか釣ってもらっているかな」

「いや、そうじゃなくて、ぼくは椎名君や長野さんのように頼りにもならないし、北上ちゃんや大井ちゃんのように弓も上手に使えない。そして成田さんのようにバリケードとか小屋とか作ったりもできないし、坪井君のように腕っぷしもないからね……だからちょっと負い目を感じちゃってね」


 俺は大笑いした。すると最上さんは、どういう訳か照れた表情を見せる。


「そんな事言えば、俺だってそうだ。何もできずに、いつも皆に助けてもらっている」

「そんな事はないでしょ。椎名君は、立派なリーダーだと思うな、ぼかあ」

「それ、絶対騙されている。最上さんこそ、とても頼りになる人だと思っている。っていうか、俺からしたら皆そうだけど」

「ぼくが頼りに? 何処が?」

「さっきも言ったけど、いつも皆に美味い魚を振る舞ってくれている。あと、この場所。ここはうちの拠点の一番北側に位置している場所だし、以前ゴブリンやハンターバグというでかい蚊も襲ってきた場所だ。もっと向こうにいけば、サーベルタイガーという恐ろしい魔物もいる。この目で見た。だからここに誰かいつも居てくれるっていうのは、それだけでありがたい」

「見張りか」

「ああ」

「でも腕っぷしはないよ」

「腕っぷしがなくても、銃があれば関係ない」

「銃はちょっとまだアレかな。怖いし、できれば持ちたくはないかな」

「別に無理に戦わなくてもいい。ただ居てくれて、魚釣りとか見張りとかそういうのでも助かるからな。でも誰かが魔物に襲われていたりピンチの時は、助けてくれ」

「それはもちろん。あまり積極的にはアレだけど、でも必要なら魔物の討伐なんかも手伝うよ」

「頼むよ」


 最上さんは、また照れ臭そうにした。でも直ぐに一転して、真顔になる。


「どうした?」

「いや……来たるべき日。いつだっけ?」

「え? どうだったかな。確か次の日曜日からじゃなかったかな。朝10時とか」

「今日が月曜だから、本当に丁度一週間といった所だね」

「そうだな。やっぱり、不安?」

「椎名君達、もとの世界に残れる人達もこの世界に残ってくれるという。同じ【喪失者(ロストパーソン)】でも、未玖ちゃんのような子だっている。だから、そんな事を大人のぼくが言っていちゃいけないと思うかもだけど、やっぱり何かこう……」

「不安?」


 最上さんは、俯いて自分の髪を両手でかきむしるような仕草をした。俺は黙って彼を見つめる。


「何か胸騒ぎがするんだよ」

「胸騒ぎ?」

「ああ、そうなんだ。そもそも椎名君は、転移サービスの休止ってなんだと思う?」

「そりゃ、あれかな。もとの世界とこの『異世界(アストリア)』を繋ぐ……ちょっと言葉が他に今、思いつかないけれどワームホールっていうのか? そういうのが不具合を起こさないように、調整をするんだと思っているけど」

「イメージは、そうだよね。でも椎名君」

「ああ」

「以前もこういう事って、あったのかな?」

「え?」

「ぼかあ、長野さんのような人に比べたら、ここの世界へ来てまだ浅い。だけど転移サービス休止なんて、今までは一度も聞いた事なかったんだよ」


 え? 一瞬、最上さんの言葉を聞いてドキリとした。だからなんだと言ってしまえば、そうなのかもしれない。転移する為の仕掛け、それがどういうシステムなのかなんてしらない。だけど今まで、不具合が無かっただけなのかもしれない。あったけれど、最上さんが知らない以前にあったのかもしれない。


 でもそういうそんなのは、この俺達のスマホにアプリを入れた運営側の問題であって、俺には関係がない事だと思った。


 だけど……確かに何か引っかかるものはある。


「椎名君。君を怖がらせるつもりはないんだけど、ぼくのこういう感は結構当たったりするんだ。だからその来たるべき日が来た時に、何か良からぬ事が起きたりしないかって……ちょっと不安になってね」

「確かにそうだな。解った。できる範囲で、ちょっと調べてみよう。もとの世界でこの件について調べるとなると、タイムリミット的には今週しかないからな」


 次の日曜日からは、暫くもとの世界へは戻れなくなるから。


 そうだ。確かにちょっとこの件について、サービスが休止するという事について、色々詳しく聞ける人に聞いてみた方がいいと思った。


 それで思いつくのは、秋葉原にあるお店『アストリア』。そこで、俺や翔太、鈴森のスマホにアプリを入れてくれたメイドさん。マドカさんの事を思い浮かべた。

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