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Phase.390 『段頃坂と最上』



 真っ暗な森の中。見える灯りは、俺の懐中電灯とここで偶然出会って立ち話をしている団頃坂さんの、ランタンのみ。


 団頃坂さんは、俺に幽霊を見たと言ってきた。この世界にはアンデッドは存在する。なら幽霊だっているのかもしれない。だとすれば重要なことがまず一つ。それはその幽霊は俺達にとって、有害なのか無害なのか。攻撃性はあるのかどうか。それが一番重要で知りたいことだった。


「危険性はある感じだった? 襲ってくるとか?」

「いや、それはなかったが正直解らぬ。っというか、拙僧が見たのは拠点の外だったのでな」

「拠点の外!?」

「言っておくが、拙僧は外へは出ておらんぞ。境界越しに、外の方で見ただけだ。川エリアの北側で夜、森の中を浮遊しているようなそんな感じだったのを見ただけだ」


 川エリアの北側。境界越しって事は、当たり前だけど有刺鉄線やワイヤーなど張られている外側って事か。場所的には、以前ゴブリンが強襲してきたり、ハンターバグという巨大な蚊の魔物が襲ってきたりした辺りか。


「団頃坂さんは、いつもこの川エリアに?」

「そうだな。だいたいは川の北側か南側。北側でテントを張っていたが、その時に見たのだ」

「団頃坂さんは、正式な俺達のクランメンバーだし、仲間は拠点内であれば基本的に何処へ移動してもいいという事にはなっている」

「おお、そうだ」

「だけど、なぜそんな場所に?」

「それは知れたこと。例えば川の流れる北側の森は、以前にゴブリンやハンターバグなどが襲ってきたからな。誰かが見張っていた方がいいと思って。それに川エリアに行けば、だいたい最上殿がいるしな。この川エリアという場所も、拙僧は気に入っている」


 そういう事か。団頃坂さんは、【喪失者(ロストパーソン)】だ。スマホを持っていないし、もとの世界へ戻る手立ては今のところは何もない。だからこの場所は、彼にとっても大切な場所。家などに匹敵する場所なのだ。守ろうとするのも、当たり前の事だった。


「椎名殿は、じゃあこれから川エリアを見回りか?」

「ああ。とりあえず、その団頃坂さんが見たっていう幽霊のようなの。今は夜だし、もしかしたらまたいるかもしれないから、ちょっと見てこようと思う」

「そうか、解った。拙僧は、これからパブリックエリアの方へ行って、食べ物など手に入れてこようと思っている」


 パブリックエリアや草原エリアでは、うちの拠点に来る転移者。つまりお客さんをターゲットに、未玖達がお店を開いて飲食や物品等を販売したりしている。


「じゃあ、また後で」


 団頃坂さんと別れると、俺はまた懐中電灯を片手に暗い森の中を1人歩いた。


「そう言えば最近は、1人でこういう場所を歩いてないからな。拠点の中だけど、草木は生い茂っているし場所だし、真っ暗だから不気味には感じるな」


 ホーーーホーーー


 シャリシャリシャリシャリシャリ……


 梟のような鳥の声。虫の変な鳴き声。翔太や未玖、誰か1人でもここに一緒にいてくれれば、随分とこの場の雰囲気も変わるんだろうな。この夜の闇にも若干、恐怖を感じている自分に気づく。


 そう、やっぱり草原エリアなど拓けた場所で、夜空が見える場所。月明りに照らされていたりする所は、幻想的であったり、子供の時に体験した田舎を思い出してちょっとノスタルジックな気分になったりする。けれど真っ暗な鬱蒼とした森の中は、不安を感じてしまう。


 腰に差している銃と、吊っている剣。それに触れて、気持ちを落ち着ける。これがあれば、ゴブリンが暗闇から襲ってきてもぜんぜん平気……のはずだ。


 歩いていると、水の流れる音が聞こえてきた。川が近い。


 木の根や石で躓かないように、足元を照らして前へ進む。川の手前まで行くと、よく来る場所に出れた。向こうにテントが見える。あれは、最上さんのテントだな。


 ちょっと暗闇に呑まれて怖さを感じていたので、彼の気配を感じて安堵する。


 テントに近づいて行くと、焚火の痕などがあった。火はついていない。呼びかけてみるも、テントにもいないようだ。っていう事は、川にいるのだろうか。


「最上さーーん!!」


 大きな声で呼びかけてみる。スタートエリアなんかじゃ、結構静かなので声が響いてよく伝わるんだけど、ここは夜行性の鳥や動物、虫の声や川の音で賑やかだった。俺の放った声は、彼に届いていないかもしれない。


 川の方へ移動すると、辺りを懐中電灯で照らす。すると向こうに灯りと人影が見えた。


「最上さーーん!!」

「おおーー、椎名君!! ここへ来たんだね。ちょっと待って、今そっちへ行くから!!」


 最上さんだとは解っていても、その声を聞いてなんだかホッとする。


 川の手前で待っていると、最上さんはこちらにどんどん近づいてきてくれた。手には、釣り竿と釣り道具。もう片方の手にもバケツ。


「やあ、見回り?」

「ああ、ちょっと見回っている。さっき草原エリアの方で、ウルフの群れが出て」

「ほう、ウルフの群れね。それは怖い。大丈夫だったんだ?」

「ああ、実は一週間後に来る転移サービス休止のこと。あの問題も含めて、それまでに全員のレベルを5以上まであげるっていうので、トモマサが――」


 アプリに表記されているレベル。それが5までないと、一週間後この世界には残れない。そして拠点の直ぐ外でうろつくウルフの群れ。


 ウルフを倒せば、レベル上げに必要な経験値稼ぎもできるし、両得なのではとトモマサが仕切って、レベルの低い者達を集めて指揮して多くのウルフを倒して追っ払ったって話を、最上さんに話して聞かせた。


 最上さんは、とりあえず珈琲でも入れるから、そこで話の続きを聞こうと言った。俺は頷いて、一緒に彼のテントがある場所まで戻った。

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