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Phase.381 『退職 その6』



「ああ、僕だ。ちょっといいかい。秋山君達を社長室に呼んでくれ」


 豊橋専務は、内線を繋いで誰かにそう言った。


「聞いていたと思うけれど、今秋山君達を呼んだ。僕の用件は伝えたつもりだけど、椎名君も皆の意見を聞きたいと思うから」

「はい……」


 それからすぐに社長室の扉がノックされる。


 コンコンッ


「はい、どうぞ」

「失礼します」


 扉が開くと、女性が立っていた。そしてその後ろから、翔太、北上さん、大井さんが姿を見せて順に社長室へ入って来た。


 豊橋専務は、翔太達を連れてきた女性に「何か人数分の飲み物を」と言って頼むと、社長室から出て行き、何処かから翔太達3人の椅子を運んできた。専務と向かい合う形で、それぞれ座る。すると専務は、にこにこと笑みを浮かべながらも俺の顔を見て言った。


「それじゃー、さっきの話の続きだけど。椎名君から、秋山君達にさっきの話を早速伝えてもらって、検討してもらえるかな。僕的には、あまり期間も残ってないし、今日ここで返答をもらえると思ってはいるんだけど」

「え?」


 翔太と北上さんと大井さん、3人が俺の顔を一斉に見る。いったい専務と何を話したのか――そんな表情に見える。待ってくれ、こっちも色々と今は、情報量が多くて頭の中が混乱しているんだ。こういう時は、迂闊な判断をする事も多い。


 北上さんが一番に、俺をつついてきた。


「椎名さん。専務と何を話されたのですか?」


 あれ。ここは職場で、目の前にいるのは専務。そして社長室に集まっている。いつもと話し方が違うのはとうぜんだけど、北上さんがこんな感じのキャラだと、かなりのギャップを感じて仕方がない。専務の顔をチラリと盗み見してみると、やはりにこにこと笑みを浮かべている。


 ええい。ここで、あれこれ考えていてもしょうがないか。俺達の正体がバレてるなら、なるようになれだ!


「まずは、要点から」

「要点?」


 首を傾げて見せる北上さん。彼女だけではなく、翔太と大井さんの方へも振り向いて、この場にいる皆に話をしていると俺はアピールしてみせた。


「実は、ここにいる豊橋専務だけど……俺達と同じく転移者なんだ」

「て、転移者!?」

「そう、こんな時にこんな事を言うからには冗談じゃない。専務は、俺達と同じく『異世界(アストリア)』へ転移もしているし、自分のクランも持っているらしい」


 これには3人とも驚く。当然だろう。流石に専務が転移者……というのは、驚きを隠せない。


 同じオフィスで働く派遣社員の北上さんと大井さんも、転移者だったんだ。俺もそうだし、翔太も誘ってそうなった。


 他に誰かがそうだとしても、ぜんぜん不思議じゃない。でも自分の働く会社のトップクラスの中に、転移者がいたなんて……しかもその人から、呼び出しをうけてこんな話をされるなんて驚きを隠せない。まあ、こんな話っていうのは、詳しい内容についてはこれから話す事なんだけどな。


 翔太は俺と専務を指さして、口をパクパクさせている。かわりに今度は、大井さんが言った。


「豊橋専務は、転移者……じゃあ、もう私達の事も専務に……」

「皆、黙っていてくれたのにごめん。一応、豊橋専務が転移者であると確信できたから、話した。それに他にも色々とあって」

「色々というのは?」


 俺は、豊橋専務とした会話の内容について、もちろん取引を持ち掛けられた事についても話した。すると、大井さんが言った。


「それで、ユキ君はどういう考えなのかな?」


 おっ、いつもの大井さんだ。


「ユキ君?」


 大井さんが俺の事をそう呼んでいたのを耳にして、ピクリと反応する豊橋専務。俺は、なんとなく顔を背ける。


「皆は、どう思う? 取引に応じれば、専務は俺達を休職願いを受け取ってくれるとのことだ。つまり、クビにはならないし、堂々と会社を休める訳だ」

「うーーん、でもクビにはならないって言ってもなーー」


 翔太のセリフに、豊橋専務は少し嫌な顔をした。


「その秋山君の反応。そうか、まあ、そうだよね。既に君達はこの会社をクビになる覚悟……っていうのは、適切じゃなくて辞めるつもりだったか」


 誰も否定をしない。


「椎名君がリーダーとしている拠点は、かなり広大で他の転移者を相手に営業しているスペースもあると聞いたよ。確かにうちの会社で安月給で働くよりは、好きな場所で好きな事をして、それでここよりも稼げるならそっちを選ぶよね」


 やはり誰も否定はしない。専務の言った事は本当の事で、俺を含めるここにいる4人は全員がそう思っている事だったから。


「じゃあ、こういうのはどうかな。とりあえず君達の休職願いは受理するとともにクビにはしない。これは、僕からのお願いで、もう少しでいいからこの会社に残っていて欲しいって意味だ。もちろん、会社の戦力的な話ではなくて……って本当の事を言うと北上さん、大井さんに至っては正社員にどうかなって話も考えていたんだけどね。物凄く仕事もできるし。まあ、それは置いておいてプラス、何か僕からさせてもらおう。その代わり、既に話した期間だけど、僕のクランを君達の拠点に受け入れて欲しい。どうかな?」


 専務が言った、僕から何かさせてもらうっていう所は、何かなって気にはなるけど……でもどちらにしても、受け入れていいと思った。


 理由は、パブリックエリアを中心に、もうそういう事はしているし、やっぱり転移サービス休止中の『異世界(アストリア)』でいったい何が起こるか不安だ。何かあってもその期間中は、もとの世界へは戻れない。そしてこういう時の俺の第六感は、当たったりするんだけど……それが何か嫌な予感もする。不安というか、何か落ち着かないようなそんなザワザワとした気分。


 俺達は既に陣内や成子という仲間を失ったりもした。だけど拠点は広大で、俺達だけじゃ行き届かない所も多々ある。だからその転移サービス休止期間中だけでも、専務と協力できるのならとても心強い。


 皆の意見も聞いておきたくて、3人を見た。すると皆も理解して、頷いてくれた。

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