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Phase.377 『退職 その2』



 出勤すると、俺達は……と言っても、各々でだけど上司に対し、会社を休みたいと申し出た。


 期間は三週間以上で、ひょっとすると1カ月。場合によっては、それ以上になるかもしれないと、文書で提出した。もちろん、そうなると有給では補えない連休。


 俺や翔太のような下っ端もそうだし、契約社員である北上さんや大井さんも既に覚悟はしていた。昨日の夜に、もう首は洗っている。確実にクビになるだろう。


 だけど俺達は、この仕事にもはや未練はないしクビになってもかまわない。収入に関しては、ぶっちゃけ『異世界(アストリア)』での商売、パブリックエリアの運営と懸賞金のかかった魔物を討伐するバウンティサービスでなんとかなりそうだし、正直この仕事よりも稼げる目処ができあがってきている。


 だけど、この会社を去るならきちんとここは、けじめ的なものをつけておかなくてはならないと思った。気がついたら勝手になっていたと言っても、もう俺も31歳だしな。大人としての行動を……


「おい椎名!! これはいったいどういうつもりだ!! お前、なめてんのか!!」


 案の定、山根に呼び出された。


 あまりのその剣幕に、他の社員も集まってくる。山根は、会社の応接室に俺を呼ぶとそこで話をし始めた。


「これはいったいどういう事だ、ああ? 椎名!! お前、どういうご身分なんだ? 三週間から1カ月? 休みが欲しいってこれ、完全に舐めているだろ? それともまだ寝ぼけているのか?」

「すいません」

「すいませんじゃねーよ、どういう事だこれは!! お前、こんなんアレだぞ。クビだな、こりゃ」

「はい、覚悟しています」


 もはや、思い残す事はない。それに翔太や北上さんや大井さんも、同じ思いだしこれからもずっと一緒だ。未玖を、放っておく事なんて俺にはできない。もはや未玖の存在は、俺にとっても翔太達にとってもそうだと思うけれど、妹のような存在なんだ。


 もちろん、俺には血を分けた妹がいるけど、あいつみたいに可愛げがない妹ではなくて、とても可愛い妹。俺は何がなんでも、未玖を守る。それがあの『異世界(アストリア)』でのやりたい事の1つでもある。


 でも山根は、俺があっさりと覚悟していると……クビになってもかまわないという返事を聞いて、顔を真っ赤にして怒り始めた。


「お前……なめやがって。じゃあ、これからどうするんだよ、ああ?」

「どうするって? まあ、それは別にアテがあるので、まあご心配にはおよばずながら生きていけますよ」

「お前が生きていけるかなんて、どーだっていいんだよ、こっちは!! それよりも、お前があけた穴を誰が埋めるんだっつってる話なんだよ! どうすんだ、それ? ここまでの日割りの給料もそうだが、退職金とかも全くないからな。覚悟できているんだろーな」

「できています。給料は、いりません」

「ぐっ……な、なんだと⁉」


 山根は課長で、俺の上司にもあたる。もちろん俺が他に副業をしていない事も知っているし、この会社からもらっている決して高くない給料の額も知っている。その上で、俺がまだ受け取っていないここまで働いた給料を放棄していいと言った事や、退職金にも見向きもしない事に対して驚きを隠せないでいた。


 山根はまるで親の仇でも見るかのような目で、無言で俺を睨み続けた。間もなく、誰かがドアをノックして入って来た。


「山根課長、ちょっといいですか?」

「あ、ああ? なんだ?」

「それがその……ですね……」


 入って来た社員が山根に耳打ちすると、山根は未だかつてない程の驚いた顔をした。そして目を見開いて、俺を見る。


 そうか、翔太や北上さん、大井さんも提出したか。辞表。そしてその事が今、山根にも伝わった。


「秋山はどうだっていい……それよりも、北上君や大井君までも……おい、その女の子2人の休職願いを見せろ」

「いや、その実は……」

「はあ? なんで持ってないんだよ」

「実は、さっきたまたま専務がいらっしゃって……3人が、山根課長にそれを提出しようとしにデスクに行った時に、山根課長がいらっしゃられなくて……」

「それじゃ、俺のデスクに3人の休職願いが置いてあるのか? もってこい。それなら今すぐ、ここへ持ってこい」


 山根の言葉に、困った顔を続ける社員。


「いや、それがその、今言いましたように、たまたまこちらに専務がいらっしゃっていて、山根課長のデスクの方で3人のその……それを見つけられて……」

「なに⁉ それじゃ、その3人の休職願いは専務が持っているのか?」

「はい、そうです」


 コンコンッ


 更に1人、女性社員が応接室に入って来た。男性社員には、厳しく睨みつける山根だったが女性社員には、うってかわって微笑みかける。もちろん、口調も違う。翔太がいなくて良かった。いたら、きっと山根の真似をして馬鹿にするから、また火に油を注ぐかもしれない。


「ん? なんだ? どうした?」

「あのー、すいません。椎名さん、これから4階の社長室に行って頂けますか?」

「しゃ、社長室!?」


 声を荒げたのは、俺ではなく山根の方だった。


「しゃ、社長室が椎名に……いや、社長が椎名ごときになんのようなんだ!?」

「北上さん達も呼ばれているみたいですので……同じお話だと思いますけど……でも、椎名さんを呼んで欲しいと言われたのは、社長ではなく専務です」


 信じられないという顔をする山根。


 俺だってそうだった。きっとこの届出を出せば、今日はあと1時間程、山根にグチグチと虐められて、その後にクビって言い渡されて終わりだと思っていたのにな。


 なのに、専務が俺を……いや、俺達を社長室に呼ぶなんてどういうつもりなのだろうか……


 考えられるのは、今は人員不足だから思い直してこのまま働いてくれたまえとか……そういう風な事を言われるとしか思いつかない。


 まあ、このままここであれこれ考えていても解らない。とりあえず俺は、山根と一緒に社長室へと向かった。

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