Phase.375 『未玖と二人で』
川エリア。辺りはもう真っ暗になっていた。
ついちょっと前には、俺はリバーサイドっていうここから少し離れた場所にある拠点にいた。そこから、安藤さんの幌馬車に乗ってここ、自分の拠点までゾンビに襲われながらもどうにか帰ってくる事ができた。
森の中、ランタンを手に未玖と歩いた。そして水の音。川に辿り着くと、いい感じに落ち着ける場所を探して、そこに座り込んだ。
川辺に大きな岩がいくつも並んでいる場所があり、そこがなかなかのお気に入りスポットだった。
丁度いい大きさの岩の上にランタンを置くと、そこへ座った。未玖も同じように隣に座る。
「いやー、今日は色々あったな」
「ゾ、ゾンビに襲われたって聞きました」
「ああ、うん。ここから北にある尾形さん達が廃村を利用して作った拠点、更にリバーサイドって拠点にも行って見てきた。それで結構遅くなってな。リバーサイドで一泊してもよかったんだけど、やっぱり自分達の拠点が一番落ち着くっていうか……だから、強行して帰ってきたてしまって。その帰り途中に、ゾンビと遭遇して襲われたんだ」
「だ、だれも噛まれなくて良かったです。噛まれたらゾンビになるって」
その通りだった。よく映画やゲーム、アニメなんかで登場するゾンビ。それと一緒で、奴らに噛まれると徐々に弱っていって命を落とす。そしてその後に、ゾンビとして蘇り人を襲うのだ。陣内や成子もそうだった。
「まあ、北上さんやトモマサもいてくれたし、誰も噛まれる事はなかったよ。でも突破してここへ帰ってこれたと思った後も、まだ何体か俺達の後をつけてきたゾンビがいた。きっと、辺りには闇に紛れてもっといるかもしれない」
そう言うと、未玖は俺の服の端を握った。少し震えているような気もする。
「大丈夫だよ。この拠点に居れば、大丈夫。ここには、俺だっているし翔太やトモマサ、北上さんに大井さんもいる。大谷君達だっているし、大丈夫だよ。未玖の事は、俺が絶対に守ってみせるから。安心して」
「はい……でも、ウルフの群れやゴブリンやコボルト。それにブルボア……ただでさえ恐ろしい魔物が沢山いるのに、ゾンビまで現れて襲ってくるなんて……」
未玖もそうだし、アイちゃんだってそうだった。俺達の仲間にはスマホを持っていない者も多いし、その者達は転移アプリを使う事ができない。もしも、この『異世界』に恐怖を感じて逃げ出したい思っても、もとの世界へ逃げ出す術がないのだ。だから、きっとゾンビやゴブリンなど恐ろしい魔物が襲ってくるようになってからの感じている恐怖は、俺達の比じゃないのかもしれない。
だけど俺だって、危険に直面している仲間を置いてもとの世界へ戻ったりは絶対にしない。俺達のクランは、運命共同体なんだ。仲間がピンチなら、決して見捨てはしない。
未玖が持ってきてくれた缶コーヒーを一口飲む。すると、彼女も一口飲んだ。俺はそんな未玖の顔を見る。目があったので、にこりと笑うと未玖も笑ってくれた。でも、急に気持ちが落ちて俯いてしまう。
今日は色々あったから、未玖と一緒にちょっと休憩したもんだから、急に気が抜けたのかもしれない。未玖は気にして、俺にどうしたのか聞いてきた。
「どうしたんですか、ゆきひろさん?」
「ん? うん。実は、さっきの話。ここへ戻ってくる途中で出会って、やっつけたゾンビの事を少し考えていた」
「ゾンビ……ですか」
「うん。陣内や成子の時もそうだった。そして今日遭遇したゾンビもそうだったけど、その全てが全員俺達のいた……もとの世界の人間だった」
これには、はっとする未玖。
「で、でもどうしてそれが解ったんですか?」
「服装。それに髪型、靴、アクセサリー、身に着けている時計とか色々と理由はあるけど、パっと見てそれが俺達と同じ日本人だって事は解るよ。佐竹さん達もそうだったけど、見たゾンビは全てそうだった」
「それが気になっているんですか?」
未玖が持ってきてくれた缶コーヒーをまたちびりと飲む。そして頷く。
「ああ、そうだ。気になっている。ゾンビは、俺が映画やゲームで登場して知っているゾンビ、そのままだった。人間を見れば、真っすぐに襲ってくる。そして噛みついてくる。ウイルスなのかどうかは解らないけれど、見た目や襲ってき方は同じ。だからこのまま放置すれば、ずっと俺達の後をついてくると思った」
実際、そうだった。既に検証済み。幌馬車で戻ってくるまでに、倒していなかったゾンビはそのまま俺達の後を追って、この拠点までやってきた。そして大井さんや堅吾、成田さん達に倒された。
「だから出会ったゾンビは、倒せるだけ倒したつもりだったんだけどな。その全部が、言ったように俺達がいた世界からきた日本人で、人数もかなりの数がいた」
「ゆきひろさんが、言いたい事が解りました。それに気づいたんですね」
「そうだ、気づいた。もともと最初は俺一人で始まった。そして未玖、長野さんに翔太……そう、この『異世界』には、俺達のもといた世界からかなりの数の人間が転移してやってきている。そして、沢山死んでいる」
「…………」
「ゾンビは全てもとの世界の人間だった。つまり俺達が倒したゾンビは、全てもとの世界からこっちに来た転移者で、こっちの世界で命を失った者達。未玖は知っているけど、俺も死にかけた。長野さんや大谷君達も死にかけたって言っていたし、俺はあのゾンビの群れを見て、改めてこの世界がとても恐ろしい世界だと思ったんだ」
夜の闇の中、川のせせらぎが聞こえる。その方へ未玖は目をやった。
「でもここは、どうしようもなく美しい世界でもある。この『異世界』で暮らし続けるなら、もっと拠点を発展させて防衛力を強化しないといけない」
「それで、他の拠点の方とも仲良くなれるように話をしに行ったんですね」
「そうだね。実際、尾形さんも小雪姫とも良好な関係を築けそうだしな」
「こ、小雪姫?」
「ああ、そうそう。実はリバーサイドっていう拠点の方なんだけど、そこを仕切っているのが小雪姫っていう小さな可愛らしい女の子なんだけど……」
この世界へやってきた俺達と同じ転移者が、この世界で沢山死んでいた。その事に気づいて、少し動揺してしまった。
でも俺達は、変わらない。この『異世界』で生きていくと決めたのだから。
俺は未玖に、廃村を利用して作ったジニー村とリバーサイドの事をもっと詳しく話を聞かせた。未玖は、とても関心のある感じで俺の話に耳を傾けてくれた。




