Phase.372 『帰路 その4』
安藤さんの幌馬車が俺達を乗せて、夜道を走る。
陽はすっかりと落ちて、辺りには夜の帳がおりていた。
暗い中を幌馬車のあちこちに引っ掛けたカンテラ。光。夜の闇の中、そのカンテラたちが辺りに放つ灯りは、とても幻想的に見えた。
そんな気持ちに浸りつつも、安藤さんと一緒に御者席という特等席に座るひとときは、とても贅沢にも感じる事ができた。
ガラガラガラガラ……
まだ色々と安藤さんに聞きたい事もあった。それに竜志。あっちの方は、今は荷台の方で翔太達と盛り上がっているけれど、竜志とも色々と話をしておきたかった。
「安藤さん」
「ああ、ちょっと待ってくれよな」
こういう幌馬車をもっと手に入れたい。そうなると馬車の動力源が必要だけど、ストロングバイソンもこの2頭だけでなく、更に何頭も欲しい。幸い、うちの拠点なら豊富に草もあるし、野菜や果物だってある。沢山のストロングバイソンを飼う事だってできるのだ。
新たに、仕入れる事ができないかどうか。それを聞こうとした。だけど安藤さんは、何かに気づいて俺に待ってくれと言った。
ガラガラガラ。
いきなり馬車が止まる。するとそれに気づいた翔太とトモマサが、後ろからこっちへ何があったのかと顔を出してきた。
「もう到着したのか? 結構早い感じがするな」
「おう、馬車から降りていいのか?」
「まだ拠点に到着していない。2人共ちょっと待て。あと、他の皆もそうだけど、いいって言うまで絶対に馬車から降りるなよ」
俺達の拠点には、まだ到着していなかった。何かが起きたから、一時的に馬車が停車したんだ。翔太達はそれを理解した。俺は、声を潜めて安藤さんに言った。
「それで、どうしたんだ? 何があった?」
安藤さんは、向こうに見える茂みを指さした。細い木が何本も生い茂っている場所。そこに、人間の足が見えた。
「誰か、倒れている!?」
「ああ、誰か倒れている……が、どうするか? このまま見なかった事にして、先を急ぐのがベターだと思うけど」
「馬鹿な。誰か、倒れているんだぞ!」
「もう死んでいるかもしれない」
「それなら、生きているかもしれない」
安藤さんの言葉を聞いて、最初は間違っていると思ったものの……そうではないかもしれないとも思った。
向こうの茂みで倒れているのは、間違いなく人間。服装からいっても、俺達と同じ転移者だろう。じゃあ、その転移者が夜中にこんな場所で横になって、何をしているのか……
翔太が、言った。
「ユキー、助けねーのか?」
「既に死んでいるかもしれない」
「生きていたらどうするんだよ。さっきアンドーちゃんに、ユキーはそう言ったばっかだろ? 生きていたら、助けてやらねーと」
やっぱりそうだ。俺は間違えてはいなかった。だけど、安藤さんの感じている事も、間違いではないと思うのも事実。すると小貫さんとトモマサが、馬車から飛び降りた。
「お、おい!! 2人共、馬車から降りるなって言っただろーが!!」
「椎名さんが言いたい事は解る。安藤さんもだ。もし、そこで倒れている奴が何か魔物に襲われて倒れているとしたら、その襲い掛かって来た魔物がまだこの辺にいるんじゃないかって可能性だよな。解っている。だけどどちらにしても、調べて進んだ方がいいんじゃないか?」
小貫さんがそう言ってチラリと目を送った先は、誰かが倒れている方。そしてそちら側は、これから俺達の馬車が向かう先でもあった。
ブンブンという激しい音に目を向けると、トモマサが斧を振っていた。
「なーに、ユキや他の奴らはここで待ってればいいって! 偵察だ! 俺達だけで、ちょっと様子を見てくるからよ」
「お、おい」
「大丈夫だって。目と鼻の先だろ。何かあったら、全員で助けに来てくれよ。まあ、どんな魔物がでてきたって、俺はやっつける自信はありありだけどな」
「トモマサ、お前がプロレスラーだという事も、お前と喧嘩したら俺なんて簡単に首をへし折られて終わる位に強いって事は知っている。だけど過信はやめろ! それでも後ろから刺されでもしたら、終わりだろ」
「おいおい、心配し過ぎだって。ゴブリンでもコボルトでも、俺の相手にはなんねーよ。何十匹ってきても、勝てる自信があるしなー」
「うおーー、たーーのもしーーーな、トモマサはーー!!」
「だろーー!」
「翔太は、トモマサを煽るな!! 北上さん、郡司さん、竜志は馬車に乗ったままで、周囲を警戒してくれ。俺も行くからちょっと待っていてくれ」
「おいおい、ユキーも行くのか。ずるいぞ、それなら俺だって」
「翔太はここに居てくれ。何かあったら、助けてくれる奴がいてくれた方がいい」
「なら、ユキーの代わりに俺が」
「頼む」
そこまで言うと、翔太は頷いてくれた。安藤さんと一緒に馬車を降りると、そこで待機してくれている。俺は小貫さんとトモマサと3人で、目の前の茂みに倒れている者を調べる事にした。
まずは、生きているかどうか。もしも息があるなら、とうぜん助ける。俺達の拠点にまで連れ帰る事ができれば、大井さんや不死宮さんもいるし、治療をしてくれる。
小貫さんが俺をつついた。
「え?」
「念の為、武器は手に持っていた方がいい」
「ああ、そうだな」
剣を抜く。そして反対の手には、懐中電灯。
皆が見守る中、俺達3人はその人に近づいて生死の確認をした。
「だ、大丈夫ですか? 意識はありますか?」
すると倒れていたのは、男だった。まず体系でそうだと解った。既に顔が半分崩れかかった男で、残念ながらこと切れている。
彼に近づいた俺は、一緒に確認しに来た小貫さんとトモマサの方を向いて、顔を左右に振った。
よく見ると、腹に貫かれたような大きな穴がある。この男は、ゴブリンか何かにここで襲われて絶命したのかもしれない。
助ける事はできなかったか……そう思った瞬間、既に顔の半分が崩れて屍と化してしまったと思っていた彼は、物凄い力で俺に掴みかかってきた。歯。噛みつこうとしてきたので、激しく抵抗する。
「うおっ!! なんだ、こいつ!!」
「ユキーーー!!」
「椎名さん!!」
トモマサと小貫さんの声!! 覆いかぶさってくる男……いや、ゾンビ!!
ドガアアッ!! バシャアアア!!
ゾンビに齧られると、俺もゾンビになる。死にたくない。抵抗を続けていると、そのゾンビの身体を小貫さんが抑え、トモマサが持っていた斧でゾンビの頭をスイカ割りのようにかち割った。
ゾンビに覆いかぶさられて下になっていた俺の顔には、ゾンビの血や脳みそが飛び散った。




