Phase.37 『儂』
まじまじと見つめるアルミラージの角。これがあの一角兎の角なのか……ちょっと感動している。
落としたりしないように慎重にアルミラージの角を未玖へ返すと、気になる事を聞いてみた。
「もしかして、未玖はアルミラージを狩ったのか? それで角を手に入れた?」
だとしたら生息場所や狩りの仕方を習いたい。俺は、あの丸太小屋や女神像のあった草原の近くをうろついているなんの変哲もない兎でさえも、捕まえる事も仕留める事もできない。
「いえ、たまたま他の魔物にやられたのか、死んでいるアルミラージを見つけたんです。それでその時は、その魔物が何なのか調べてみたくて【鑑定】を使ってみたんですけど、アルミラージという名前以外にも角の事が解って……」
「角の事?」
「効能っていうのか、アルミラージの角には解毒効果や不浄な何かを浄化したりする力があるそうなんです。だから貴重なものかもしれないと思って頑張って……可哀そうだけど役に立つかもしれないって死骸から角を取ったんです」
「なるほど、確かにそれなら貴重なものかもしれないな」
なんとなくだけど、例えるならユニコーンの角の効果弱い版かなと思った。ユニコーンがこの『異世界』に存在するか解らないけど……でも解毒効果や不浄な何かを浄化って凄い気がする。貴重なアイテムだ。
やはり思い切ってここに来てみたのは、正解だったようだ。
「だけど、未玖。そろそろ戻ろう。やっぱり、さっきのサーベルタイガーがこの辺をうろついていると思うとなんだか安心できない。他にも、同クラスかそれ以上の魔物が生息しているかもしれないしな」
「はい。わたしも気になっていたものを取りにこれましたし、早くあの丸太小屋へ帰りたいです」
帰りたい――すっかり、あの場所は俺達の住まいだなと思た。
洞窟を出ると、今度は寄り道をせずに真っ直ぐに来た道を戻った。途中、凶暴な魔物には出会わなかったが、あの目玉が沢山ある変な岩の魔物には出くわした。
それも未玖は知っていた。まあ、こんな奇妙なのが森にいて【鑑定】があればそりゃ調べてはみるだろうけど。
それで気になってしかたのない、こいつの名前――フォレストロックというのだそうだ。因みに狼は、ウルフという名の魔物でスライムはそのままスライムというのだそうだ。
……うーーん。俺のスマホにも【鑑定】のアプリ機能が欲しい。今度秋葉原のあのメイドさんの店に行ったら早速聞いてみて、入れてもらえるなら入れてもらおうと思った。間違いなく必要なアプリ機能であるのは確かだ。
そんな話をしたりしながら歩いていると、かなり見覚えのある所まで戻ってきた。腕時計を見てみると、やはりあの洞窟と丸太小屋の距離は、時間にして1時間位はある。
水のせせらぎが聞こえてきたので、足取りも早くなった。だけどちゃんと未玖がついてきてこれているかは、しっかりと気を配る。
渓流――洞窟に行ってみようって出発してから直ぐに立ち寄って魚獲りをして遊んだ川。ここまでくれば、もう俺達の拠点まで直ぐだ。目と鼻の先。
「午前中早くに出発してもう12時半か。戻ったら直ぐに昼飯にしよう」
「はい。お昼ご飯は何にするんですか?」
「何だと思う?」
「お魚ですか?」
「ピンポーン! 未玖が獲ってくれた魚、あれに塩を振って焼いて食べてみよう!」
「わあっ! わたし、楽しみです」
最初は俺に対しても怯えた表情を見せていた未玖だったけど、どうやらもうかなり打ち解けてきたな。そんな事を思ってニコニコしていると、未玖の表情が急に強張った。
「どうした、未玖?」
まさか魔物? 未玖の手を引いて隠れるか丸太小屋まで逃げるか、判断しなければと思った。瞬時に判断して行動できるかどうかで、かなり生存確率が変わる。
未玖の見ている方、渓流に木が垂れ下がっていてよく解らない。しかし、何かが動いた。俺はその方へ向かって槍を構えた。
すると、向こうもこっちに気づいたようだった。草木でちゃんと確認はできないけれど、確実に水辺に何かがいる。しかも、結構でかそうだ。
俺は小声で未玖に話しかけた。因みに気づかれたのになぜ小声で言ったのかというと、今はできるだけ相手を刺激したくなかったからだ。
「未玖、何かいる」
「は、はい。います」
「解ってると思うが、もしいきなり飛びかかってきたら未玖は直ぐに丸太小屋まで逃げろ」
「で、でも……」
「俺の事はいい。絶対そうしてくれ。俺だって死にたくないんだ。何とかして小屋まで戻るから……だから返事をしてくれ」
「…………」
「未玖!」
言い聞かそうとしていると、目の前にいたそれは急にガサガサと動き、こっちへ迫ってきた。草木の擦れる音。俺は息を呑み込むと、槍をそちらに今一度構えなおして踏ん張る為に姿勢を低くした。
こ、こい!! やるならやってやる!!
未玖が一人で逃げてくれないというのなら、もう俺にはここで俺達に迫ってきている何かを返り討ちにするしか選択肢がない。サーベルタイガーだったらどうしようかと思った。相打ち覚悟で、喉とか急所にこの槍をねじ込めばあるいは――
覚悟を決める!!
「うわあああああ!!」
その目の前に躍り出てきた大きな何かは、俺に覆いかぶさってくるような動きをした。俺は、恐怖を押し殺し槍を両手で強く握り込むと思いきり正面へ穂先を突き出そうとした。
しかし目の前に現れたそれは、俺が槍を突き出す前に先に掴んで止めた。そして言った。
「おいおい待て!! 待ってくれ!! 儂は人間だ!!」
見るとそこには、俺のお手製の槍を両手で掴んで止めている大柄の真っ白い髭を蓄えた老人が立っていた。




