表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
360/466

Phase.360 『廃村 その6』



 ラーメン屋に入った。


 至って馴染のある言葉だけど、ここ『異世界(アストリア)』では、まず聞きなれない言葉。ラーメン屋。


 そう、北上さんが見つけてきてくれたこのジニー村にあるお店は、ラーメン屋だった。


 他にも軽食を出しているお店とか、喫茶店みたいなのもあったみたいだけれど、それはうちの拠点にもあるし、きっとそれは尾形さん達が俺達の拠点から真似たもの。


 だったらうちの拠点にはないお店に入ってみるのも面白いと思ったのと、俺がラーメンが好物なのを知っていた北上さんがそこへ入ろうと見つけてきてくれたのだ。


 あれ? そう言えば高円寺……確か俺と翔太と北上さんと大井さんの4人でラーメン屋に行ったあの日、確か翔太はこの『異世界(アストリア)』――もちろん、うちの拠点だけどそこでラーメン屋をしてみたいって言っていたのを思い出した。


 あれからすっかりその事を忘れてしまっているのか、ラーメン屋を一向に作るという話をしない翔太。ちょっと楽しみにしていたんだけどな。完全に忘れてしまったのだろうか。


「ここだよ、ユキ君、久志君。ほら、ラーメン屋があるでしょー」

「ああ、本当だ! 本当にラーメン屋だ。しかも凄くいい匂いがする」


 ん? 久志君? 


 いったい誰の事かと考えて、他にこの場には小貫さんしかいない事に気づいた。小貫さんって、下の名前……久志って言うんだっけ。もうすっかり、俺にとって小貫さんは小貫さん以外の何者でもなかった。


「ねえねえ、入ってみようよ」

「そうだな、入ってみよう。いいよな、小貫さん」

「ああ、もちろん。ラーメンか……久しぶりな感じがするな」


 小貫さんは、例のブルボアに襲われた時にスマホを紛失してしまった。しかも破損もしてしまって、ここではきっと治せないだろう。だからあの日から、彼はもとの世界へ戻る事はできなくなってしまっていた。


 だからこそ、再びラーメンが食べられる喜びは大きいと思った。


 そうだ、未玖達にも食べさせてやりたい。このジニー村は、俺達の拠点からも近いし、十分警戒すればこことの行き来も、それ程危険じゃないかもしれない。なら未玖をここに連れてくれば、ラーメンを食べさせてやれる訳だけど……


 果たしてここのラーメンが美味いかどうか。まずは、それからだ。


「よし、じゃあ入ろう」


 入口に戸が無いオープンなお店。元の世界から持ってきたのだろう、ラーメンと書かれたのれんがされている。それをくぐると、店内に入ってカウンター席に仲良く3人並んで座った。


「いらっしゃい。ここはラーメン屋だけど、ラーメンでいいか?」


 明らかに転移者だろう店員。尾形さんのクランの仲間なのだろうかと考える。すると小貫さんが返した。


「ラーメンしかないんだろ?」

「ああ、そうだ。昨日今日オープンしたばかりだからな。無理もない。でもこれからメニューは増やす。あと、大盛にもできるし、卵とかチャーシューとかノリとか、トッピング増量もできるぞ。その分、料金は頂くがな」

「料金はいくらなんだ?」

「900円だ。大盛なら200円アップの、1100円。でも麺はなんと三玉分だぞ」


 うーーん、いい値段だな。小貫さんが俺の肩を肘でつつく。


「どうする? 普通のラーメンでいいかな? 俺はトッピングを何か増やそうと思っているけど」

「いいね、じゃあ俺もそうしようかな。北上さんは?」

「私もそうする。葱とメンマを増量しちゃおうかなー」


 俺は、店員の後ろに見えるあるものに気づいて声をあげた。


「あ、あれ!!」

「どうしたの、ユキ君?」

「あれ見てくれ。電子ジャーだ」

「電子ジャー? 電子ジャーって確かにそうだけど、別になんの変哲もない……ああっ!!」


 北上さんも声をあげる。小貫さんは、俺が電子ジャーを目で捉えた時に、同時に気づいたみたいだった。俺は店員に聞いてみた。


「あ、あの」

「なんだ? トッピング追加かい?」

「いや、もしかしてライスも注文できるのかなと思って」


 店員の男は、思い出したかのように手をポンと叩く。


「ああーー、そういやそうだった!! ライス!! ライスもあるぞ!! 200円だけど、今日の所は100円にしとこう!! どうだ、食べるか? 炊き立てだぞ!!」

「いいな、よしライスも注文しよう。小貫さんと北上さんは?」

「ああ、じゃあ俺ももらおう」

「私も食べるー。なんだろうね、ラーメンとライスって凄く合うんだよね。ラーメンライスっていうの? 炭水化物のお祭りって感じだけどね。アハハハ」


 笑う北上さんにつられて、俺も笑ってしまった。そして、店員に気になっていた事を聞いてみた。


「つかぬことを、お聞きしたいんだけど?」

「なんだ? トッピングの値段か?」

「いや、そうじゃなくて、電子ジャーの事。電気ってどうやってんの?」


 ああーーっという顔をする店員。そして厨房の端の方を指さした。そこにはものものしい大きなマシンが設置されていた。


「あれは?」

「発電機さ。ガソリンで動くやつね。あれで、電気は手に入る。謎が解けたか?」

「ああ、解った。ありがとう」


 なるほど、発電機か。盲点だった。あの大きさの発電機なら、余裕で転移で持ち込める。なるほど。そうすれば、この『異世界(アストリア)』でも電気を使う事ができる訳か。既に、目の前でその事を実装して見せられているので、説得力がある。


 店員は驚いている俺に気づいて笑った。


「なるほど。驚いている所を見ると、知らなかったんだな。いや、気づいてなかったかな」

「いや、台車とかベニヤとかトタンとか、そういうのは持ち込んだんだけど」

「中には自転車とか、バイクを持ち込んでいる奴もいるみたいだぜ」


 自転車? バイク!? 


 バ、バイクなんてこっちの世界へ持ち込む事が可能なのか? 流石に驚きを隠せない。


「はい、お待ち! ラーメン三丁ね!!」

「いや、あの……」

「ラーメンがのびちまうだろー。質問があんなら喰ってからだ。お客さんだし、答えられる質問には答えてやるからよ」

「そ、そうだな。それじゃ頂きます」

「頂きまーーす!!」


 バイクをこの世界へ持ち込んだ者がいるだって!? そんな事が可能なのか?


 その事に少なくとも俺と小貫さんは、明らかに驚いていた。北上さんは特に同様もなく、にこにこと上機嫌でラーメンを食べ始めた。


 北上さんは、既に知っていたのか? それとも……バイクとかそういうのに興味がないから特に触れなかっただけなのか?


 どちらにしても、このラーメンを食べてからじっくりと店員に、詳しい話を聞いてみる事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ