Phase.36 『隠れ家』
未玖が寝泊まりしていた洞窟――その中へ足を踏み入れると、なんだかひやりとした。
「陽が当たらない場所だからかな。ヒヤっとするな。未玖は、よくこんな所で寝れたな」
「……あまり……寝られなかった……」
悲し気な顔をする未玖。俺は察して彼女の頭を優しく撫でた。未玖にしてみれば、寒かろうが暑かろうが危険から身を守る為には、こういう洞窟を利用するしかなかったのだ。迂闊な事を言ってしまったと思った。
「でも今は、未玖にも俺にもあの丸太小屋があるからな。あの場所は、もう未玖のものでもある。これからあそこをもっと居心地のいい場所にしていこうぜ」
「は、はい」
少し、表情が明るくなった。無神経な事を言ってしまったなと反省していた俺は、ホッとした。懐から懐中電灯を取り出すと、それを未玖に手渡した。
「え? これは」
「ああ、いいよ。この『異世界』で夜中に灯りが無くなったら終わりだなと思って、懐中電灯を何本か持ってきているんだよ。それは、君にあげるからどうぞ使って」
「あ、ありがとう……ございます」
「ははは、未玖は何をしてもあの丸太小屋にいたいって言ってただろ? それじゃもう、俺達は仲間だ。仲間なら敬語じゃなくていいから」
「は……う、うん」
頬を赤らめて嬉しそうだけど、ちょっと照れ臭そうに俯く未玖を見て安心した。
「それじゃこの洞窟の中を案内してくれ。それ程中は深くはないんだろ?」
「はい……この洞窟は、ぜんぜん深くないです。でも奥に……」
チョロチョロチョロ……
懐中電灯で洞窟内を照らし、未玖の指した方を見てみると岩の隙間から湧き水が流れ出していた。
「うおおお、湧水かー。これは飲めるのか?」
「はい、飲めます。ですがとても冷たいので、夜飲むと……」
「ふむ、身体を冷やすし小便も近くなるという訳か」
ベシッ!
小便というワードに反応した未玖に、背中を叩かれた。
ゴクッゴクッゴク……
この湧き水は飲めると言うし、試しに飲んでみると確かに冷たくて美味しかった。これはこれでいいな。
洞窟内に居ながらも水の補給ができる。もしもあの丸太小屋がなかったら、この場所を拠点にするのもいいなと思った。いや……でもそれだと、女神像までの距離が結構あるか。
ゴブリンに狼の群れにサーベルタイガー、思い出すと女神像との距離も近いにこしたことはない。やはりあの丸太小屋は、他ではそうそう見つからない絶好の拠点だな。
ん?
湧き水が漏れ出してきている岩の割れ目の近く、苔やらが生えている辺りに少し発光しているような蛍光色のような水色の小さなキノコを見つけた。まるで作り物のようなキノコ。
「お、おい、未玖。ここにキノコが生えているぞ」
「え? はい。それは水キノコっていうそうです」
「み、水キノコ……そのままのネーミングだな。もしかして、【鑑定】で調べたのか?」
「はい。その水キノコは、食べられますよ」
「え? そうなの?」
食べられるのか、これ。珍しいからいくつか持って帰ろうかと思った。ザックからゴソゴソとビニール袋を取り出す。
「それ、そのまま食べられるんですよ。あまり、栄養があるようには思えませんでしたけど……わたしはまあまあ好きな味かもです」
「嘘!? そ、それって生でこのキノコ食えるって言う事?」
「はい」
【鑑定】で調べて食用って記されていたし、火を使用する事も調理道具も持っていなかった未玖の事を考えれば仕方が無かったのかもしれないが、生で食べるのはなかなか勇気がいるなと思った。しかし、未玖が食べたんだったら俺だって負けていられない。
俺は目の前に無数に生えている仄かに水色に光っているような水キノコを一本むんずと掴むと、引き抜いて思い切って口の中へ放り込んだ。そして、噛むと同時に口の中にほんのり甘い味が広がった。しかも、なんて水っぽいキノコ。ずばり食感を言うと、水っぽいグミというのだろうか。
モッチャモッチャモッチャ……
「ど、どうですか? ゆきひろさん」
「いや……ちょっと待て……モッチャモッチャモッチャ……ごくんっ! ……うん、意外といけるかも」
「そ、そうですよね! わたしもこれ、意外と好きです」
「それじゃあ折角だし、持って帰れるだけこれを採取して持って帰ろうか?」
「はい。それと、ゆきひろさん……あれも持って帰っていいですか?」
未玖の言葉に目を向けると、洞窟の中には大きめの石がいくつかあり、そこには何かが乗っていた。宝石のように輝く綺麗な黒い石……それが3つに何かの草の束――あと細くて長い角のようなものが置いてあった。
「ここを出る時に、ゴブリンの気配を感じて……それで無我夢中で見つからないようにって逃げ出したから置いてきてしまって」
あの未玖を追いかけていたゴブリン。それは、俺が倒したゴブリンの事だろう。
「別に持って帰ってもいいけど、何なんだこれは?」
「この石は、なにか不思議な石でこの場所へ移動してくるまでに洞窟とか草原とかで見つけました。それでこっちの草は、キュアハーブっていう薬草で……特に傷などに効果のある薬草なんです」
「なるほど、【鑑定】か。それで、名前と効果が解るっていいな」
「あとこの細くて長い棒みたいなのは、角です。アルミラージという魔物の角」
アルミラージ――確か、テレビゲームでも出てきたりする一角獣。角の生えた兎のこと。あの魔物もこの『異世界』に存在するのか。
「ちょっとその角、触って調べてみてもいいかな?」
未玖は頷くと、アルミラージの角を俺に見せてくれた。




