Phase.359 『廃村 その5』
翔太、トモマサ、郡司さんとは同じ村の中で別行動をとる事になった。
俺は北上さん、小貫さんと共に3人で村の中をキョロキョロと見回しながらも昼食をとれる場所を探していた。
廃村――何年前、何十年前、それとも何百年前からこの村は放置されていたのだろうか。それでも建物は見るからに劣化して古くなっていても、破損は少なく人が住んだりする場所としては十分だった。
またこの村には、俺達の拠点のように井戸もあった。飲料水、生活水などは、これを使っているみたいだ。
そして河だって直ぐ近くにあるから、魚などを獲るなら困らないかもしれない。
バリケードがなくて、ちょっと落ち着かない事を除けばとても魅力的な拠点だ。ただ、河の水は泥色に濁っているので、俺達の拠点の川エリアにある渓流の方が、水も澄んでいて綺麗だと思った。あそこの水は、直に飲む事もできたけど、ここの河の水はまずそのままでは飲めないだろう。飲料水にするなら、ろ過した上で煮沸する必要がある。
辺りをキョロキョロ見て回っていると、北上が元気よく声をあげた。
「なんか尾形さんの拠点、結構人がいるし家も沢山あるから、何処がお店なのかも解らないし……ちょーーっと私、その辺を先に見てこようかなー」
「え、北上さん一人で? 大丈夫?」
「もちろん、大丈夫。だって他にもここには人がいるし、何かったら直ぐに合流するから」
それなら大丈夫か。
「解った。それじゃ、何か美味いものを食べれそうな店を見つけたら戻ってきてくれ」
「りょーーかい!」
北上さんは、軽く警察官のような敬礼のポーズをとると、シュタタタっと軽やかに向こうへ駆けて行った。
それにしても北上さんは、物怖じをしないというか身軽というか。学生の頃に、陸上部にでも入っていたのかなと思った。でも、あの弓の腕前からして弓道部とかそういうのかもしれない。
俺と言えば、バスケに軽音楽に漫画研究会。色々やったけど、どれも続かなかったかな。因みにバスケだけスポーツでちょっと色が違うように思えるけど、その頃はバスケ漫画が流行っていてそれでやってみた。ミーハー。それだけだった。あの時は、頑張ってバッシュも買ったけど、ぜんぜん使わなかったなー。
「椎名さん」
「え? あ、うん。店は北上さんが探してくれているし、俺達はどうするかな?」
昔の記憶に思いふけっている所に、小貫さんに声をかけられてビクッとする。平静を装って、咄嗟にそう言って返した。
「いや……椎名さん、あれ見て」
小貫さんの指した先、拓けた場所になんとベンチが設置されていた。この世界にもともとあったものだろうか? それとも尾形さんかその仲間が、もとの世界からもって来たものか。
俺達だってもとの世界から、色々な物をこの『異世界』へは持ち込んでいる。だからもとの世界からベンチを持ってきているとしても、なんら不思議ではなかった。
俺と小貫さんは、なんとなくベンチに近づくとそれに腰をかけた。
「んんーー、いいなこれ。小貫さん、俺達の拠点にもベンチ、設置しようか」
「それは妙案だな。でも成田さんとかに話せば、作ってくれそうな気もするけど。木材ならいくらでも手に入るし」
木材はいくらでも手に入る。俺達の拠点は、大きな森に隣している。森路エリア、川エリア、羊の住処エリア、南エリアには沢山の木々が生い茂っている。だけどそれはそれで、拠点の防備の一部にもなるので、木材が必要な場合は、できるだけ拠点の外へ繰り出して近辺で必要に応じて木を伐採している。薪などもそうだ。朽ちて落ちている分にはかまわないが、伐採する場合はできるだけ拠点の外の木を切る。
男2人、ベンチに並んで腰をかけていると、目の前の道を歩いていた女の子二人がこちらを指さして笑った。小貫さんがその子達に軽く手を振り返すと、女の子二人は互いに顔を見合わせてまた笑った。
「可愛い女の子だったな。大学生位……かな。尾形さんのクランの子達かな。俺も小貫さんみたいに手を振ってみれば良かった」
「あははは」
「え? どうしたの?」
「椎名さんは、結構素直な人なんだな」
「え? 小貫さんは俺が素直じゃないと思ってたの? 俺はこれでも結構素直で通ってたんだけど」
「あははは、本当かそれ」
「あ、ああ! もちろんだ!」
小貫さんは、背伸びをするとベンチから立ち上がった。
「この村……全くバリケードがない」
「ああ、そうだな。何日か前に尾形さんが見つけたばかりの場所だしな。そんな直ぐにあってもびっくりするだろ。そのうち、造るんじゃないか」
「そうだな。じゃないと、あのブルボアがもしもこの村に現れたら、皆やられてしまう」
小貫さん、佐竹さん達を襲ったブルボア。軽自動車位の大きな猪の魔物で、佐竹さん達の命を奪った。奴には懸賞金がついているはず。バウンティサービスを使えば、近くに現れれば見つける事ができるので、スマホを持っていない小貫さんは、時折俺やスマホを持っている者の所へ来て、そのブルボアが近くにいないか調べてくれと聞いてくる。
もちろん、近くにいた場合は小貫さんはそのブルボアを倒しに行くはずだ。佐竹さん、戸村さん、須田さんという仲間の命を奪ったブルボアを、小貫さんは放ってはおかない。
だから小貫さんの頭の中には、いつも仲間の仇を討ちたいという気持ちと、あの大きなブルボアがいた。
俺は、小貫さんには既に言っていた。佐竹さん達の仇をとるなら、俺も一緒にとりたいと。だから絶対に……絶対にあのブルボアを見つけても、たった一人で討伐しに向かったりはしないでくれと――
小貫さんは俺のその頼みを、確かに了承してくれた。




