Phase.358 『廃村 その4』
「椎名さん達は、今日はずっとここに?」
「いてもいいのか?」
尾形さんはニヤリと笑って頷いた。
「実は有料だが、この拠点には宿もあるんだぜ。明らかに宿屋って感じの建物があったから、それを利用しているだけなんだがな」
翔太が驚きの声をあげた。
「へえー。本当にアレだな。ここはRPGとかに登場する、冒険者とかが立ち寄る村みたいだな」
「そのつもりで拠点にした。実は、『魔人の拳』の拠点って呼ばれるのもあまりに色気がないんでな。名前をつけているんだよ」
「名前ってこの村の名前か?」
満面の笑みで頷く尾形さん。煙草をひと吸いする。
「ジニー村だ」
北上さんが、あっという顔をした手を叩いた。
「ジニー村って、もしかして尾形さん達のクランの名前が『魔人の拳』だからジニーって名前なんでしょ?」
尾形さんは大笑いして、北上さんを何度も指さして正解だと頷いた。なるほど、魔人って名前からとったのか。確かに、『魔人の拳』の拠点村って名付けるよりも、集客とか考えているのならジニー村の方が親しみがある感じがする。
そしてそれでいて、ジニーとは魔人の事で、村の名前に結局自分達のクランの名前を放り込んでいる事にもなるという訳か。なるほど、色々と考えているんだなと感心する。同時に、いい加減俺達の拠点も何か丁度いい名前をつけたいなと思った。まあ、それはまた後程でもいいかとも思うけど。
でも他にもここみたいに、俺達の拠点の他にいくつか拠点があるのだとしたら、何か名前を付けた方が解りやすいかもしれない。既にクランには、『勇者連合』って名付けている事だし。
「まあ、そういう訳で、ここはジニー村だ。よろしくな」
『よろしくーー!!』
尾形さんが乾杯を求めると、翔太と北上さんとトモマサが調子よく答えた。小貫さんと郡司さんは、少し離れた所から俺達のやりとりを客観的に眺めている――そんな感じだった。
「それで、今日はこの村の宿に泊まっていくか。向かいに酒場とかもあるし、今日の所は全部タダにしてやるぞ。どうだ?」
「いやー、どうしようか」
見学には来たつもりだった。だからちょっと見てみるのも悪くない。時間もまだ余裕があるし。
「酒場には、うちのクランの看板娘もいるぞ。どうだ?」
「マジか!! ユキーー!! 行こうぜ!!」
「おおー、いいねー。じゃあちょっとだけ、酒飲んでいくか? これもちょっとした偵察じゃねーか、な」
看板娘と聞いて、直ぐに鼻の下を伸ばし始める翔太とトモマサ。うーーーん、北上さんの目が怖い。
「そうだな。少し行ってみるか」
『おおおーー!! ユキ――!!』
翔太とトモマサの歓喜の声が揃った。北上さんは、そんな2人を見て大きな溜息を漏らす。
腕時計をチラリと見る。12時前か。
「丁度、昼だし各自このジニー村で飯にしよう。それでいきなり来ていて申し訳ないが、15時になったら俺達は行こうと思う」
「そんな焦ってどうするんだ? ここから椎名さんの拠点は、それほど離れていないし……もっとゆっくりしていけばいいだろう?」
「いや、実は他の拠点も回りたい。この感じじゃ今日は回れても、あと一ヵ所って所だろうけどな。でもなんとかそこへ行って、尾形さんとみたいに、来るべき日の為に協力関係を結んでおきたいんだ」
「なるほどなー。そうか、それなら仕方ないか。でも、もしアレなら好きなだけここに居てもらってもかまわないからな。今日だけでなく、いつ来てもらってもいいし。それは、仲間にも話しておこう」
「ありがとう。こちらこそ、いつでも来てくれ」
立ち上がり、尾形さんと握手をする。これで一旦話がついた。翔太が俺の背中をつついてきた。
「なあ、ユキー! 早速ちょっとこの村の中を色々見てきてもいいかな?」
「じゃあ、15時には村を出るから時間になったら、俺達がこの村に入ってきた方の入口で待ち合わせだ」
「やったーー!! 了解――!! じゃあ、早速酒場に行ってこよっと! 俺と一緒に行く人ーー!!」
「うおおおお、行くぜーー!!」
トモマサと、意外な事に郡司さんが手をあげた。三人仲良く、この屋敷を飛び出して行った。
尾形さんもちょっと用事があるみたいで、少し何処かへ行くみたいだった。きっと他の仲間に、俺達の事を話しに行ってくれるのだろうと思った。
「それじゃ、また後で」と言って翔太達、尾形さんと別れる。
俺と北上さんと小貫さんの3人になると、北上さんがまず最初に口を開いた。
「それで、これからどうする? ユキ君」
「そうだなー」
小貫さんは、周囲を見回しながら言った。
「本当にここは、ファンタジー世界に登場する村みたいだな。村人が転移者って事以外は、まさにそんな感じだ。これだけ家があるんだ。色々調べれば、何か出てくるかもしれない」
小貫さんが言った何かとは、この『異世界』にもとからいる異世界人に携わる何かという事。俺達は当初、皆この世界にやってきた時に、ドワーフや獣人、ホビットやエルフなどの異世界人とも会って交流できるのではないかとワクワクした。
だけど今の所、長野さんや尾形さんでさえ異世界人には誰一人として会った事がないという。
異世界人は、必ず絶対に何処かにいるはず。そう考えないと、あの丸太小屋を作ったのが誰かという謎もそうだし、この廃村もそうだ。もともとは、ここは異世界人で賑わっていた村かもしれない。どちらにせよ、この村の建造物は、異世界人が建てたはずなのだから。
……でも。
「気にはなるけど、勝手に家に入ったり、あれこれと調べるのはやめよう。ここは、よそ様の拠点だしな。それより、腹が減った。翔太達も、尾形さんが言っていた酒場に行っているだろうし、俺達も何処か食事のできる場所を探して入ってみよう」
同意して頷く、小貫さんと北上さん。
そう言う訳で、とりあえず俺達はこの尾形さん達の拠点でもあるジニー村で朝食をとる事にした。




