Phase.357 『廃村 その3』
「さあ、皆入って入って! ほら、遠慮せずに。こっちの部屋だ」
尾形さんは、屋敷の奥へとどんどん入っていき、驚いている俺達に対して手招きを続けた。翔太が耳打ちをしてきた。
「おいおい、この屋敷……すげーよな、ユキー」
「確かにそうだな」
「ちょっと思ったんだけどよ、ここ……俺達が最初に見つけたら、きっとこの場所が俺達の拠点になっていたかもだよな」
本当だと思った。俺はこんな場所があるだなんて知らなかったし、思いもしなかった。だからあの丸太小屋1つ見つけただけで、それで満足していた。この廃村に出くわしていたら、ここを拠点にしていた可能性は大きくて否定できない。
でも……
「でも俺は、今の自分のいる拠点が案外気にいっているけどな」
翔太はそれを聞いて、一瞬驚いた顔をした後、にこりと笑って「俺もだ」と言った。
「さあ、この部屋だー。どうぞーー。好きな場所に腰かけてくれー」
広い部屋に案内される。中に入ると、椅子やらソファーやらが、そこらじゅうに放置されているかのように置かれていた。でも埃は被っていない。きっと頻繁に、ここに尾形さんの仲間が集まって、クラン活動の色々な話をしているに違いないと思った。
尾形さんが言ってくれたように、皆思い思いの場所に座る。だけど俺は彼の近く、向かい合う形で座った。隣には、北上さんと小貫さんが座る。翔太やトモマサは、部屋の中を色々と見回していて落ち着きがない。郡司さんは、少し離れた所に座っていた。でも同じ部屋の中にいるので、話はできる。
尾形さんは、「おっとそうだ」と言って部屋の隅に置いてあったクーラーボックスを開いて、その中に入れてあった缶ジュースを取り出すといそいそと皆に配った。
それが終わると、尾形さんはまた元の場所に戻り、煙草を取り出して口に咥えて火を点けた。
「ふうーー、やっと落ち着いた。じゃあ、まず……この廃村は今、俺達『魔人の拳』というクランが拠点として使用しているのは、知っていると話しておこうか……それで椎名さん達には、早速この俺達の拠点を守る手助けをしてくれた事に感謝したいと思う。ありがとう」
尾形さんはそう言って、俺でなく皆に対しても頭をさげた。俺は慌てて言った。
「いや、別にそれはいいって。尾形さんだって、俺達がピンチな所へ出くわしたら助けてくれただろ?」
下げていた顔を上げる尾形さん。煙草をひと吸いして答える。
「相手によるな」
「え?」
「相手による。もしも椎名さん達がピンチでも、相手がトロルとかワイバーンみてーなヤバイ奴だったら、俺達が助けるかは解らない」
「…………まあ、それは当然だな。助けに入ってやられたら、目も当てられないもんな」
そう返すと尾形さんは、大笑いした。
「アッハッハッハ。すまんすまん、冗談だ。助けられるかどうかは解らないが、椎名さん達とは仲良くさせてもらっているしな。可能な限り、助けるさ」
良かった。そう言ってもらえると、ここへ来たもう一つの目的が果たしやすい。目的。1つは、俺達の拠点とは別の拠点を見てみたかったというもの。そしてもう一つ。これから行われる転移サービス休止の期間に対する不安の解消。その間は、もとの世界とこの『異世界』は、完全に行き来する道を断ち切られえてしまう。シャットダウンされるのだ。
つまりその期間中は、この世界で何か恐ろしい事が起こったとしても、もとの世界へ逃げ出す事ができない。何か必要なものがあったとしても、取りに戻る事もできないのだ。
だからその事を尾形さんに話した。その期間だけでもいいし、その期間以外にも可能なら、うちのクランとそちらのクラン、手を取り合っていけないかどうかという提案を受け入れてもらいたかった。尾形さんは、笑って答える。
「そりゃ、願ったりだな。こちらからも、是非お願いしたい位だ」
「尾形さんは、例の期間中は?」
「もちろん、俺達は全員この世界へ残る。椎名さんだってそうなんだろ?」
「ああ、そのつもりだ」
尾形さんは、また煙草を吸って煙を吐いた。それを見て、長野さんの事を思い出してしまった。そう言えば、長野さんはもう拠点を出発しているはず。一人じゃ心配で、鈴森に無理を言って、長野さんに同行してもらった。
1人よりは2人。必ず戻ってくるとは思うけど、例の目的の人にあって戻ってくるまで5日後と言ったところだろう。早く、俺達のもとへ戻ってきて欲しい。
「そう言えばここのクランは、かなりの人数がいるんだな。これだけ人がいても、襲撃してくるゴブリンにも驚いたが」
「ああ、確かに人はいる。でも俺達のクランメンバーは20人ちょっとって所だ。今はな」
「え? でも」
「ああ。あれは、うちに立ち寄った他の転移者だよ。RPGやってたら、村とか街にフリーの冒険者が立ち寄ったりするだろ? 見た通り、椎名さん所の拠点と違ってうちは、かなり風通しがいい。バリケードとかそういうのがないからな。だれでもどうぞって感じだ。だからと言って、勝手はさせないが。あと、店もある」
翔太が指をさして叫んだ。
「あーーー!! パブリックエリア!! もしかして、うちの真似をしたな!!」
「あっはっは、まあそういうこった!! 結構、稼げるんだわこれが。でも別に特許とかそういうの、とってないだろ?」
言葉を失う翔太に俺は、「正論だな」と言った。
ここは『異世界』。もとの世界の常識やルールは通用はしない。ルールがあるとすれば、それは俺達が作ったルールだけ。そしてそれが通用するのも、俺達の拠点内だけだ。尾形さんが、俺達の拠点内で勝手な事をすればそれは物申す。だけど、ここはそうじゃない。
真似されているという事は、俺達の拠点に流れてくるはずだったお客さんもとられているかもしれない。そんな事を考えているのだろう翔太は、不満げに口を膨らませる。その肩をポンポンと慰めるように北上さんが叩いた。




