Phase.350 『長野への条件 その2』
この『異世界』には、危険な場所が多くある。恐ろしい魔物がそこらじゅうにウヨウヨと生息している。
異世界と言えば、魔物がいるのは当たり前だけど、それに対する手段として、剣や魔法などがあったりする。だけど俺達は、魔法は使える訳はないし、この世界の剣も手に入れはしたけれど伝説の剣でもなければそれを扱う技術もない。そういう異世界作品で登場する勇者や騎士などが使うものとはまるで違う、とても非力なもの。
そう、俺達には超人的な力はない。唯一あるとすれば、スマホに入れてあるあのアプリの力くらいのもの。【転移】と【鑑定】などがそうだけど、スマホがないと使えないし俺達は、やはりごく一般的な普通の人間である事には変わりない。
剣も練習用の木人などを作るなどして、一応は練習しているが、それでもゴブリンやコボルトはなんとか倒す事ができても、大谷君達が見たというトロルなんかはどう対抗していいのか解らない。剣一本で無謀に向かっていけば、たちまちミンチにされるだろう。
そこで、長野さんが教えてくれた銃の存在は大きかった。
俺達がもといた世界の最強といっても過言ではない、武器――それが銃。圧倒的な殺傷能力を持っていて、子供でも引き金を引くだけで弾を発射する事ができる。
最初、三鷹でそれを取り扱っている九条さんという知り合いを長野さんに紹介してもらった時は、本当の銃が手に入るだなんてとテンションがあがっていた。だけどその反面、怖いというイメージも強い。その理由は、やっぱりその強力すぎる殺傷能力にあった。相手が魔物でなく、人間であった場合、簡単にその命を奪う事ができる武器だから。
三鷹にある九条さんのお店に、長野さんに紹介されて連れて行ってもらった時は、それでやっぱり購入はやめておこうという事になった。それで鈴森だけが、購入を決めていた。
だけど暫くして、俺も翔太も九条さんから銃を買った。
怖いから暫くは、剣やナイフを振っている方がいい。そうは思っていても、やはり銃があるとないとでは違う。バリケード越しにも戦えるし、未玖がもし危険な事にあったとしても、銃があったから守れたって事はあると思うから。それが決断だった。
それから、俺や翔太はまた新たに銃を手に入れて、この『異世界』に備えようとは思っていた。だからまた長野さんにその事を相談しようと思っていたら、長野さんはもとの世界ではなくこの『異世界』で、そういう銃などの武器を取り扱っている人がいるので、その人に会いに行くと言った。
長野さんが、銃を手に入れる方法を3つ知っていると言っていた。1つは、三鷹で店を構える九条さんから。2つ目は、運営。そして3つ目は、この世界でも売っている知り合いがいて、その人からも買う事ができると――
これから一週間後に行われる転移サービスの休止。この『異世界』への道は、約3週間程閉ざされるという。その間は、もし何かあったとしても、もとの世界へは戻れない。だから長野さんは、その時の為に考え付く一番の備えとして、その人に会いに行きたいと言ったのだ。
つまりは、長野さんは暫くの間……この拠点から外の世界へ出て行くということ。
長野さんは、その許可を俺に求めたけれど……俺は、長野さんをここに縛り付ける事はできなかった。
せいぜい行かないでくれとお願いする事ならできるが……長野さんは、きっとそれでも行ってしまう。これから何が起きても対処できるように、なるべく万全の備えができるように、仲間やこの拠点の為に行くと決めている。
だから俺は、長野さんにどうしても行くならと条件を出した。それを呑んでほしいと。
「ふむ、それで椎名君。条件というのは何かな?」
「ええ。どうしても長野さんがその人に会いに行くというのなら、他に誰か連れて行って下さい」
これには、長野さんは驚いた顔をした。
正直、俺も言っておいてこれが正しいのかどうか判断できなかった。なぜなら、長野さんと共に行ってくれる者がいるとすれば、その人も同様に危険にさらすという事だから。だけど、とても長野さん1人で外の世界へ行かせるなんて事はできない。
俺や未玖と知り合うまでの長野さんは、1人でこの世界を冒険していたという。だけど、それでも実際に危険な目にはあったし、魔物だってうろついている。
「待ってくれ、椎名君。連れて行くって、誰をだね? 儂1人の方が、なにかあったとしても儂1人だけで済む」
「俺は、逆です。何かあった時に、誰かもう1人いたから、大事にならずに済んだ。そういう事があると思うんです」
「…………」
「結局、サイを振ってみるまでそれは、どっちが良かったなんて解らないかもしれません。でも条件として、頼りになる誰かと一緒に行ってほしい。それでもし、誰もいないというのであれば、今回はその銃を取り扱っているという知り合いと会うのを見送って欲しいんです」
長野さんは、溜息を吐くと頷いた。
「ふう……解った」
「でも当然、メリーとか大谷君達とかは、駄目ですよ。正直名前をあげるなら、鈴森やトモマサかなと思いますけど、こういう事に慣れている者で、当たり前ですがその人がいいって言ってくれたらですね」
「当然じゃな。それじゃ、決まったら直ぐにでも旅立ちたい。こうしていても、転移サービス休止の時は、やってくる訳じゃしな」
「正直、出て行って欲しくはないです。何かあったらって思うと……だから本当は、誰も行きたくないって言ってくれればって思ってはいますけど……鈴森が妥当かもしれないですね。もしそうなったら、彼と一番仲の良い翔太にもその事を知らせてやってください」
「解った」
長野さんとの話が終わった。
俺は成田さんを探しに行こうと思ったけれど、長野さんがこのまま少しここで待っていて欲しいと言ったので、焚火の前で少し時間を潰した。
すると程なくして、長野さんは鈴森を見つけて戻ってきた。俺は、彼に言った。
「危険だけど、いいのか? お前が断れば、長野さんを引き止められる考えだったんだけど」
「悪いな椎名。老いぼれ1人じゃ、流石に放置できねーからよ。だから、ちょっと出てる間、この拠点と未玖の事、守ってやれない事に対しても先に詫びておく」
鈴森は長野さんに誘われて、旅立つための準備も既に終えてきたようだった。
俺は、必ず翔太と未玖に会ってから旅立つようにと2人に言った。




