Phase.345 『霧と雨 その1』
――――翌朝。雨の音で目が覚める。
いつの間にやら、テントに入り込んで眠っていたみたいだ。周りを見ると、未玖とアイちゃんもこのテントの中で転がって、気持ちよさそうに眠っていた。未玖の腕の中には、ラビ。そしてよく見て見ると、可愛くないのも1匹いる。翔太だった。
なんだ、こいつ。なぜ、俺のテントの中で眠っていやがるんだ?
疑問に思いつつも腕時計を手に取って時間を確認した。うおお、3時41分……本当に『異世界』へやってきてから田舎の爺さんみたいに早起きになってしまったな。
手鏡に手を伸ばして自分の顔を見る。むくんでいるなー。まあ、昨晩は遅くまで飲んで食べてしてたからな。むくみもするか。
ゴソゴソとテントから這い出ると、外はびっくりするくらいに寒かった。外気がテントの中に入ると、翔太は寝言で「さっむ!!」って言った。吹きだしそうになったのを我慢して、テントの外へ出ると出入口を閉める。翔太は兎も角、未玖やアイちゃんが風邪を引いてしまうからな。
ザーーーーッ
この世界のこの辺りは、早朝はだいたい濃霧に包まれる。今日も少し先が見えない位に、濃い霧が発生していた。更に雨。昨日程、強い雨ではないけれどシトシトと雨が降り続けている。
あーー、もとの世界ならテレビやらネットが使えて、天気予報を確認する事ができるんだが……この世界では、雨がいつまで続くのかも解らない。遠くに真っ黒な雨雲が見えるとか、それがこっちに来ているから降るかなーーとか、そんなレベルで判別しなければならない。
もしかしたら、また秋葉原のマドカさんの店『アストリア』に行けば【鑑定】みたいに、天気の解るアプリがあるかもしれない。だけどまた10万位したりしたら、ちょっと悩むなー。天気が解るのはいいけど、10万という金額なら、間違いなく俺にとってはかなりの大金だから。
ぶるる……
身体に寒気が走った。正直、寒い。いつもよりも寒く感じる朝。
タープを張った場所。俺は急いで焚火のあったその場所へと駆けて行くと、そこに薪を加える。更に着火剤と、着火用の新聞紙などを突っ込んで火を点ける。
「はあーーー、さっぶ!! 早く、火よついてくれ!!」
ヒュルウウウウーー
急な冷たい風。ううううう、さっぶーーー!!
雨が風で飛ばされて飛沫のようになって、降りかかってきた。俺は慌てて飛沫が飛んでくる方へ移動して、焚火を守った。こんな日に焚火が使えないなんてなったら、大変だぞ。
メエ?
「え?」
濃霧の中から、霧と同じく白い何かが出てきた。メリーだった。
「お、脅かすなよ。メリーか。そんなところにいたら、風邪引くぞ。こっちに来い。そして火を熾すのを手伝ってくれ!!」
メエ!
「そうだ、いいぞ。いや、待てメリー。そっちの積んである薪。濡れたら終わりだ。あっちにシートがあるから、それで積んである薪を覆ってくれ」
メエ。
不思議な事にメリーは、俺達の言葉をほぼ理解していた。会った時、とても頭のいい羊だと思っていたけれど、今は更にそう思う。俺達人間と、しかもここではない世界の人間とここまで仲良く共存して、助け合う事ができるのだから。
あれ? そう言えば、昨晩ここにはメリーの他に2匹程、ストレイシープが来ていなかったっけ。
「メリー。そう言えば、お前の仲間はどこいったんだ? まさか、雨の中にいるとかじゃないだろうな。こんなに寒いし、冷たい雨が降っているからな。それはないと思うけど……」
メリーは、はっとして指をさした。指先は、向こうに設置しているテントを差している。
なるほど、テントは俺が寝ていたものの他に、辺りには3つある。北上さんや大井さん、トモマサや小貫さん。鈴森、それに最上さん。誰が何処のテントで眠っているのかは、実際に中を見てみないと解らないけれど、昨日メリーと一緒にいた2匹のストレイシープは、メリーが今指したテントの中に入って眠っているのだと解った。
メエ!
メリーは、俺がいったようにまだ雨で濡れていない薪にシートを一生懸命かける。その間に俺は再度、焚火を熾そうと奮闘していた。
「点けーー! いい加減、点いてくれーー。着火剤とかって使ったら、直ぐに火が点くんじゃないのか? このままじゃ、凍えちまうぞ。それに暖かい珈琲を飲みたくて仕方がない。早く、点いてくれよー!」
シュッ! ボワワッ!
やっと火が点いた。やった、どうだ見たか。
もとの世界にいた時は、朝起きて火が欲しければキッチンに入ってコンロのつまみを捻れば良かった。だけどこの世界では、毎日がサバイバル。もとの世界のものを、ある程度自由に持ち込めるといっても、こういうのに全く慣れていない俺には、大変である事は違いなかった。
だけど楽しくないと言えば嘘になるし、なんていうか生きているって気持ちになる。
「メリー! こっちは火がついたぞ。そっちは、どうだ? 終わったならこっちに来い」
メエエ。
焚火の前にやってきたメリーを捕まえて、乾いたタオルを手に取り、それで身体を拭いてやる。
メ、メエエエ!
「こ、こら!! じっとしろ!! 身体が濡れているんだよ。ちょっとじっとしててくれ。今、綺麗に拭いてやるから」
何をするんだと少し暴れたけれど、メリーは俺に身体を拭かせてくれた。ストレイシープ。二足歩行の小さな羊。
なんとなくそんなのの身体を拭いていると、メリーの事を赤ちゃんみたいに思えた。
「よし、それじゃ珈琲を淹れよう。メリーも飲むよな」
メ。
メリーは、近くにあった荷物を漁って砂糖を出してきた。
うん、そうか。俺はブラックでいいんだけど……ミルクはあったかな。




