Phase.340 『雨の日も釣り』
随分と薄暗くなってきた。あれから今日は一日、雨も降り続けているので余計に暗く感じる。だけど今日、ここ川エリアには、翔太や未玖、北上さんに大井さん、アイちゃん、あとラビ。皆がいて、暖かく感じた。
少し向こうの川辺に行けば、小貫さんと最上さんもいるだろうし。
そんな事を考えていると、他の皆は今どこで何をしているのだろうかと、ふと思ってしまった。まあこの拠点の何処かにはいるんだろうけど……
「さあ、皆手伝ってくれーい!! そろそろ焼肉を始めるぞーーい!!」
翔太はそう言って、勢いよく拳を振り上げた。
「よっしゃ、それじゃ未玖ちゃんは皆の分、お皿とかお箸とか用意して」
「は、はい!」
「うん、いい返事! そんでもって美幸ちゃんとアイちゃんは、そっちのクーラーボックスから肉とか出して準備して」
北上さんの目線の先。大きなクーラーボックスが3つもあって、重なっている。これ全部もとの世界から持ってきたのかと思って、翔太の行動力に驚いた。
でも思い返してみれば、俺も有刺鉄線とか、そういうのを最初は1人でこっちへ持ってきたりしてたかな。あはは。しかも一人じゃとても持ちきれない量で、台車を使ったりもしていた。
北上さんとアイちゃんは、クーラーボックスの方へ駆けて行くと、一番上に積み上げられているものを2人で地面に下ろした。中を覗く。
「うわーー!! なんか、いっぱい入っているよ!! これ、何!?」
「牛肉だ! ロースにカルビ、レバーにミノ。知っているか? 肉のワサワサって業務スーパー。そこ、かなり色々な肉を取り扱っている上に業務用も売っててさ、それで色々な部位もそうだけど量も買ってきちゃったよ」
「でも、凄い量だよ」
北上さんとアイちゃんは、翔太の持ってきた肉の量に驚いている。しかもこれはほんの一部。クーラーボックスは、まだ残り二つもある。俺は気になった事を翔太に聞いてみた。
「もしかして他のクーラーボックスも、肉なのか?」
「おおう!! そうだぜ。でもイカとかホタテとか、海鮮もちゃんと用意してるからよ」
「マジか」
「マジだ」
皆の顔を見ると、全員目を潤ませている。牛肉に海鮮。これは確かにテンションがあがる。翔太はいきいきとした声で更に皆に指示を出した。
「海ちゃんは、そっちに酒があるから、こっちもってきて準備してください」
「はい、解ったわ」
「翔太、俺は? 俺は何をすればいい?」
「ユキーか。それじゃ、ユキーはまた雨に濡れてもらう事になって申し訳ないけど、頼みたい事があるんだよね」
小貫さんと最上さんの事だと思った。流石にこれだけの量、とても今いる者だけで食べきれない。だから近くにいるあの二人を誘おうという事だろう。
「なるほど、小貫さんと最上さんだな。解った、行ってくるか」
「お、おお! すげえユキー。超能力者かよ、なんで言おうとした事が解ったんだよ」
「雨に濡れるんだから、何処かへ行ってほしいって事だろ? じゃ、小貫さん達の事かなって思ってな。それじゃ、行ってくる」
「うい。おなしゃす!」
翔太は、焚火に使用している炭をいじりだす。配置とか、翔太なりのこだわりがあるらしい。大きな網を乗せると、その横をラビが駆け抜けて翔太を焦らせていた。
「さて、行くか。小貫さん達はまだいるかな」
最上さんは絶対いる。だけどこの場合、まだ釣りをしているのかなって意味だった。
傘をさす。大量の雨粒がビニールの表面を激しく叩いてくる。翔太や北上さん、アイちゃんのはしゃぎ声を背に聞きながら、小貫さん達のいる方へと歩いた。
「小貫さーーん!! 最上さーーん!!」
2人が釣りを楽しんでいた場所。川辺。その近くには、2人のものと思われるテントが2カ所に設営されている。だから2人はここにいるのは間違いないと思って、大きな声で名前を呼んだ。
するとテントの中から、小貫さんが顔を出した。
「椎名さん!」
「小貫さん」
「どうかした?」
「いや、これから焼肉をするんだけど、一緒にどうかなと思って」
焼肉と聞いて、嬉しそうな顔をする小貫さん。肉が嫌いでなければ、当然の反応。
「え? いいのかい?」
「もちろん。翔太が結構な量の肉を、こっちに持ってきていて。俺達だけじゃ、とても食べきれない程の量だし、良かったらと思ってね」
「そうか。それは嬉しい。ありがとう、ご馳走に呼ばれるよ」
「じゃあ、これからこっちに来て欲しいんだけど……最上さんは?」
小貫さんは、向こうの方を眺めるように見た。川の方。っていう事は……
「彼ならまだ釣りをしているよ」
「え? あれからずっと!?」
「いや、流石に雨の中、それはきついから途中で休憩を挟んでね。今はまた川の方へ行っているから、ちょっと呼んでくるよ」
「そう、じゃあ俺も一緒に」
傘を再びさして、2人で川辺の方へと降りていく。川。やっぱり結構水かさが増していて、普段よりも勢いが強い感じもする。これだと、逆に魚が釣れなさそうな気もするけど……ここは、普通ではない。なんせ、異世界だ。もとの世界の常識とは違うし、ひょっとしたらこういう状態でする釣りの方が、よく釣れる場合もあるのかもしれない。
「椎名さん、こっち。いた、あそこにいる」
小貫さんのさした指の先。川づたいに歩いていくと、その先の大きな岩の上に乗って釣り糸を垂れているレインコートの男が見えた。あれは最上さんだ。
俺と小貫さんは、彼の名を呼んで手を振った。




