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Phase.338 『焼肉』



「きゃあ! 可愛い!!」


 アイちゃんの声。見ると、未玖が1匹のピンク色の兎を抱いていた。


「未玖、その兎……」

「はい。あの植物が凄い成長して増えた時に、拠点内に入り込んでいたのを見つけて……」

「そうか。それで見つけて、未玖が飼う事にしたのか」

「は、はい……」


 未玖の表情が、少しこわばっていた。もしかしたら、こんなの勝手に飼ってとか、そういう事を言われるかもしれないと思ったのか。だが、見る限りこの兎は無害に見えるし……これ1匹いるだけで、未玖の元気がでるならいい事しかないと思った。なにより、この拠点は広い。


 俺は未玖に近づくと、彼女が抱いている兎に触れた。頭を撫でる。


「凄い肌触りが気持ちいいなあ」

「え、ええ」

「うそーー!! 未玖、私にもその兎を触らせて!!」

「え? あっ、ちょっと!」


 アイちゃんは、未玖からピンク色の兎を奪い取った。抱きしめてそのまま頬ずりをする。北上さんと大井さんも、兎に集まる。物凄い人気だ。確かに可愛い兎だけど、どうして女の子は、こんなに兎が好きなのだろうか。


 兎がアイちゃん達に持っていかれてしまったので、代わりに未玖の頭を撫でた。


「あう……ゆきひろさん」

「良かったな、ちゃんと未玖が面倒を見るんだぞ」

「は、はい! でも、いいんですか? 飼っても……」

「もちろん。でも拠点の外には、危険な魔物がうろうろしているからな。間違っても外に出さないようにした方がいいな。あれなら、皆にも協力してもらえばいい」

「はい! 絶対気を付けます!」


 うんうん、この兎のお陰で未玖の元気もでるし、これほど喜ぶなら飼う以外の選択肢はないな。


 兎に目をやる。するとアイちゃんの腕の中で暴れている。あれ? 逃げ出した。そしてこっちに駆けてくると未玖の足もとにやってきた。アイちゃん達が追いかけてくる。


「たまたまこの拠点に侵入した兎だろ? 随分懐いているよな。もう名前は決めたのか?」


 未玖は兎を抱き上げると、追ってきたアイちゃん達の方へと差し出した。そして今度は大井さんに手渡すと、大井さんもとても幸せそうな顔をして兎を抱きしめた。「私も私も」と言って、アイちゃんと北上さんが今度は大井さんに群がった。爆笑する俺と未玖。


「ラビって名付けました」

「ラビか、いい名前だな」

「もしかして、ラビットだからラビ?」


 後ろから翔太の声。


「今それ、俺が言おうと思っていたのに!」

「あっ、そう。ごっめーーん! でも俺だって未玖ちゃんとの楽しい会話に混ざりたいんだもーん! なあ、未玖ちゃん!」

「は、はい! そうですね、翔太さん」


 未玖は、翔太ににっこりと笑って返した。それに俺も翔太も驚いた。翔太に至っては、ちょっと泣きそうになっている。そうか……やっと翔太とも打ち解けたんだな、未玖は。


 実際、翔太は良い奴だし、未玖もこいつに心を開くのも時間の問題とも思っていたけど。


「未玖ちゃん、ちょっとこっちきてー!」


 北上さんの声。振り返ると、今度はラビを北上さんが抱っこしている。俺の顔を再び見る未玖。


「いいよ、行ってきて。でも雨が降っているから、濡れる場所には出ないようにな」

「はい!」


 北上さん、大井さん、アイちゃんのもとへ駆けて行く未玖。俺はさっきからゴソゴソと何かしている翔太を見た。


「それで、お前はさっきから何をやっているんだよ」

「え? ああ、そりゃもちろん、晩飯の用意だ」

「まだ夕方まで時間もあるぞ」

「そんなん言っていると、直ぐ夕方になるぜ。なんてったって今日は、焼肉をする事にしました。上質な牛肉と焼肉のたれも持ってきているしなー。うへへー、楽しみだぜー」

「それでさっきから、炭とか網とか準備してるのか」

「まあね」

「俺も手伝うか?」

「え? ユキーが手伝ってくれるのん?」


 未玖の方を振り向くと、向こうで女の子達がラビを囲んで楽しそうに遊んでいる。やっぱり、女の子ってピンク色したものや兎が好きなんだよな。


「それで、手伝ってくれるんですか? どっちなの?」

「え? ああ! もちろん手伝うぞ。どうして欲しい?」

「それじゃ、そこにいい感じの石を積んで、竈的なものを作ってくれ。それができたら、そこに炭をいい感じに敷いて、いい感じのこの網を置くから。あーー、駄目だ。そういう事指示を出して、想像するだけで口の中に唾液が溢れてくる」

「まあ、焼肉だもんな。確かに俺もそうなる」

「焼肉のタレだってそうだぞ。市販の奴じゃねーからな」

「え? 市販の奴じゃないってなんだ? もしかしてお前が作ったのか?」


 翔太はニヤリと笑うと、近くに山積みしている自分の荷物をゴソゴソと漁った。そして焼肉のタレと思われる、黒いドロっとした液体の入ったペットボトルをとってこれ見よがしに俺に見せた。


 はっとする。


「まさかお前……」

「その通り。焼肉屋、宝物宛で無理を承知で頼み込んでもらってきた焼肉のタレだ」

「宝物宛って、嘘だろ……」

「嘘かどうかは、晩飯の時に解る」


 俺と翔太の行きつけの焼肉屋、宝物宛。炭火焼、上質で分厚い肉が売りのお店で、昔から2人で行ったり、たまに他に誰かのおめでたい時に連れて行ったりしている。


 ただ値段は結構いい値段がするので、何かこう特別な日とか、どうしても行きたくなったら行くといったお店だ。


 その旨い焼肉屋のタレを、この『異世界(アストリア)』へ持ってきたと翔太は言っている。


 マジかよ……


 焼肉は大好きだけど、正直そこまでテンションはあがっていなかった。この世界へ来てから、バーベキューとかそういう似たような事はよくしているし。


 だけど今は、猛烈に翔太が準備を黙々と進めている焼肉が食べたくて、仕方なくなってきた。

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