Phase.336 『長野への報告』
――――草原エリア。
パブリックエリアでは、大石さんとかなり話し込んでしまった。でも有意義な時間だった。これから約一カ月、俺達のクラン『勇者連合』と、大石さんのクラン『アイアンヘルム』は、組む事になる。協定だ。
早速、顔を合わせた者から、その大石さん達と協定する事を伝えていく。まずは、傍にいた三条さんと出羽にその事を話した。それから直ぐに長野さんにもこの事を知らせておきたくて、草原エリアへと向かった。
途中、成田さんと松倉君、それに郡司さんにと出会ったのでその3人にも伝えた。
郡司さんは、成田さんと一緒にいてバリケードの補修や強化、新しい小屋作りや設備作りを手伝っていた。
ゴブリンの巣から助け出した後は、やはり大きなショックを受けているようだったけれど、今はアイちゃんとか青木さん同様に元気になっていたので良かった。
雨は、ずっと降っている。傘をさして草原を歩く。この辺りの伸びきって草木――まるでジャングルのようになっていたけれど、成田さん達が随分と草刈りをしてくれたので、今はもう本来の草原に戻っていた。やっぱり、このエリアは見渡しがいい方がいい。
空を見上げると、どんよりした黒い雲が一面を覆っている。そしていつもは目にする鳥も、一羽も見かけない。
「うわー、結構雨が激しくなってきたな。こんな日でも長野さんは、ここでテントを張って過ごしているのかな……って張っているな!」
草原地帯。そこに長野さんのテントを見つけた。急いでそこまで駆ける。
ログアップの木が何本か生えている場所の近く。木を上手に利用してタープを張っているので、その下に逃げ込んだ。
凄い雨だ。今も川エリアで俺が戻るのを待っている未玖とアイちゃんの事が気になった。だが翔太達も行ってくれているし、近くに最上さんと小貫さんもいるので心配はないだろう。
「長野さん、いますか?」
「おっ! その声は椎名君か」
テントの中からではなく、後ろから声がした。煙。陰から煙草を咥えた長野さんが、顔を出した。
「おお、どうしたんじゃ?」
「ちょっと、色々と話しておきたいことができまして」
「ほお」
「それと……結構な雨が降っているので、大丈夫かなって思って、寄らせてもらったんです」
「そうなのか、ありがとう。ほら、もっとこっちに入って」
長野さんは、そう言って俺に折り畳み椅子を出してくれた。
「はっはっはっ、ビショビショじゃないか。風邪をひくぞ」
「あはは、そうですね。でも今日はあっちへこっちへちょっと歩き回っているので、ずっとこんな感じなんですよ」
「まあ、でも身体を冷やすのはよくない。まだ昼になろうって位なのに、少し肌寒いしな。焚火を熾そう」
「ありがとうございます」
長野さんは、いそいそと薪やら着火剤やら用意すると、予め作ってあった焚火場所で火をつけた。そして手招きしてくれたので、俺は長野さんが貸してくれた折り畳み椅子を焚火の前に置いて腰かけた。長野さんは、鍋に溜めていた雨水をやかんに入れて、火にかけた。
「はっはっは、雨が降れば井戸や川までわざわざ水を汲みにいかなくてもいいからの。楽じゃわい」
「そうですね。でも長野さん、ずっと草原エリアにいますよね」
「そうかの? 天気が良ければ、ブラブラと拠点内をブラついたりはするぞ。既に南エリアや、羊の住処エリアもどうなっておるのか覗いてきたしの。ストレイシープ達が寄り集まって、集落のようなものを作っておってびっくりしたわい」
「メリー達の住処も見ているなら、本当にあそこまで歩いていったんですね。でも、長野さんのテントは、いつもここにある。っていう事は、長野さんはいつもここで寝泊まりしているし生活の中心がここという事になる」
「まあ、そうじゃな。でも誰かはいた方がいいじゃろ。辺りを見てみてくれ。草原エリアはかなり広い。この場所は、解放感があって儂好みの場所なんじゃ」
「別に長野さんには、何処にいてもらってもいいんですけど……でももし草原エリアを守らなくてはならないって思って、ここに釘付けになっているのなら悪いなと思って」
「それはないから安心してくれ。羊の住処エリアや、森路エリア。他に行きたい所ができれば、勝手に移動するから。拠点内なら、移動は自由にしてもかまわんのじゃろ?」
「はい、勿論ですよ」
「それで……何かあったのか?」
「そうでした。実は……」
一週間後にやってくる転移サービス休止の件、今日から一カ月程、大石さんのクラン『アイアンヘルム』と組む事などを話した。長野さんは、俺と自分の分のお茶を入れてくれながらも話を聞いてくれた。
「そうか。なら、とうぜん儂もこの世界に残ろう。今や、儂の家族は椎名君達だからな」
「ありがとうございます。心強いです。あと……因みに今のセリフ、未玖にも後で言ってやってください。きっと喜びますよ」
雨の降る中、タープの下でお茶を飲みながも、語らって笑う。
「それはそうとな、サービス休止になったら皆、この世界に残るんじゃろう?」
「はい、そうです」
「ふむ。この世界に残る為には、『アストリア』アプリのレベルが5以上でないと残れん。
「はい。幸い今、この拠点の周囲には懸賞金のかかった魔物が集まっているそうです。だからレベル上げに、明日からでも狩りに出かけようかと思って」
「そうじゃな。懸賞金のかかった魔物を討伐すれば、低レベルの間はレベルを稼ぎやすい。いいかもしれのう。じゃが、そういう魔物はかなり危険じゃ。くれぐれも気を付けてかからねばならんぞ」
「はい。できるだけ、レベル5に届いてないもので討伐をしようと思っているんですけど、それでも難しかったら、長野さんにも手伝ってもらえると嬉しいです」
「同じクランじゃなからな。もちろんじゃ。その時は遠慮なく声をかけてくれ。それと一週間後に備えて、準備を整えておかんといかんな。今週中にでも、また九条君の店に行ってこよう」
九条さん――もとの世界、三鷹でカフェバー兼銃を販売している長野さんの知り合い。
確かにサービス休止になれば、きっとどうやってももとの世界へ戻ってくる事はできないだろう。だから今のうちにできる備えは、後悔がないようになんでもしておくべきだ。




