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Phase.334 『大石 その1』



 会社を辞めるかどうか、まだ決めかねていた。


 辞めるなら、少なくとも一カ月前には辞表を出さなくてはいけない。でも、運営のサービス休止がやってくるのは、一週間後。


 そっちを選択するとなると、このまま無断欠勤という方法をとって、クビという流れしかない。


 山根は別にいいんだけど、そうなると他の者に迷惑をかける。それは、気が重いけれどどうしようもない。だからもう直ぐにでも決断しなければならないのに、未だに決めかねている。困った、どうするか。


 あんな職場って思っていたけど、実際辞めるかどうかって辺りまで差し掛かると、なかなか決断できないものだな。嫌だ嫌だと言っても、何年も務めてきた訳だし……色々と考えさせられる事はある。


「うわー。店、混んできたな」


 翔太の言葉に振り向くと、いつの間にか店がいっぱいになっていた。雨はまだ収まらない。三条さんと出羽さんは、急いで店の外に出ると大きなタープを張った。そしてその下に、テーブルとイス、その代わりになる木箱や樽などを置いて臨時に客席を増やした。


 続々と押し寄せる客。転移者。


 『異世界(アストリア)』には、俺達の他にこんなにも転移者がやってきている事に驚く。いったい何人の人が、この『異世界(アストリア)』へ転移してきているのだろうか。そんな事を一瞬考えてしまった。


 店にやってきた客の中に、知っている顔を見かける。あれは、クラン『アイアンヘルム』のリーダー、大石さんだった。北上さんが、俺の腕をつついた。


「そろそろ混んできたし、外へ出ない? 未玖ちゃんとアイちゃん、待っているだろうし、行こうよ」

「ああ、うん」

「どうしたの?」


 俺は大石さんを指さした。


「ああ、なるほど、解った。じゃあ、私達先に行っているね。場所は、川エリアなんだよね」

「そう、川エリアだ。いつも誰かいたりする川辺から、少し上流の位置かな。近くで、最上さんと小貫さんが一緒に釣りをしているから、すぐにわかると思う」

「ええ、うそ!? こんな雨ザーザーの日なのに、あの二人は釣りをやっているんだ。本当に釣りが好きなのね」

「川とか池とか、淡水の場合は雨の日の方が釣れたりする事もあるみたい」

「へえ、そうなんだ」


 少し呆れた顔をする北上さん。「それじゃ、また後でね」と笑っていうと、翔太と大井さんを連れて先に店を出て行った。


 俺は立ち上がって大石さんが座っている対面に立った。


「おやっ! 椎名さん」

「大石さん。ここ、座ってもいいかな?」

「どうぞどうぞ」


 大石さんの前に座る。すると、出羽さんが大石さんの目の前にハンバーガーとコールスロー、更にポテトとコーラを運んできた。


「おお!! こいつは美味そうだ。こりゃなるほどな、この店が繁盛する理由が解るなー」

「え? どういうふうに?」

「え? そりゃ、あれだろ。見てみれば解るだろ。ほら、見てみろよ。ハンバーガーに挟まっているレタスはシャキシャキだし、トマトも瑞々しくて素晴らしい。まるでよく行くハンバーガーショップ、ドスバーガーで出している上質なハンバーガー並みのクオリティだ。しかも『異世界(アストリア)』でこんな食事ができるってのが、またたまらなくいいな」

「そうか、なるほど。確かに異世界で、ハンバーガーとかって食べれなそうだもんな。そういう事か」

「更にあるぞ」


 大石さんはそう言って、店内で一生懸命にオーダーを作ったり運んだりしている三条さんと出羽さんを指さした。


「あんな可愛い子達が作ってくれた料理を、食べられるんだからなー。そりゃもう最高だよ」


 確かに三条さんは可愛いし、出羽さんは美人だ。俺なんかと違って、2人共モテると思う。


「っていうか、椎名さんのクラン。いったい何人、女の子がいるの? 見る子見る子みんな可愛いんだけど。羨ましいなー」

「確かに言われてみれば……そうかもしれないな。でもそんなに羨ましければ、うちのクランへ入ればいい」

「ほう、それは魅力的なお誘いだな。いいのかい?」

「大石さんにその気があって、ルールをちゃんと守れるならいいよ」

「いいねー。そうかそうか、それじゃ、考えておこうかな。真剣にね」


 大石さんは、ニカリと笑った。そしてハンバーガーなどを旨そうに食べ始めた。俺は彼が食事が終わるまで待っているつもりだったけれど、大石さんはハンバーガーに被り付きながらも話しを続けた。


「それでー。何か俺に用があるんでしょ?」


 頷く。


「運営からのメール、読んだ?」

「あー、3週間位だっけ? 転移アプリが使用できないって奴だな。うちのメンバーもそれで、結構悩んでいるよ」

「大石さん達は、拠点を持っていたりするのか?」

「椎名さん以外にも、尾形さんとか他に持っている者もいるな。けど俺達は拠点を持ってはいない」


 小貫さんと一緒にこの世界に来ていた佐竹さん達、『竜殺旅団(りゅうさつりょだん)』もそうだった。


 長野さんだってそうだけど、拠点をあえてもたずにその時その時で、安全な場所を探してキャンプをしつつ冒険を続ける者の方が多いみたいだった。


 拠点を作るといっても、飲み水にできる水場が近くにないといけないとか、魔物からの襲撃を防ぐ事ができるバリケード等がないといけないとか、色々と条件が必要になってくる。


 それなりのものを作ろうと思えば、一朝一夕と簡単には作れない。だから転移者のほとんどが拠点を持っておらず、その中でも俺達みたいな拠点を作っている者がいれば、必要に応じてそこへ立ち寄り利用する。そういう感じだ。


 大石さんは頼んだものを全て平らげると、出羽さんを呼んで珈琲を2杯注文した。


「2つ?」

「一つは椎名さんのだな」

「ええ!? そ、そんな」

「いいから、いいから」


 他の転移者……っていうか、俺達以外の別のクランからの情報はとても貴重だ。俺は大石さんと会話を続けた。

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