Phase.329 『ほっとした』
川エリア――雨。川の近く、木々の生い茂る場所で今日は一日過ごそうと、テントやタープを張っていた。
最上さん達から薪と魚をもらってくると、早速雨に濡れないように、タープ下で焚火を熾して魚を焼き始めた。
味付けはシンプルに塩。しかも岩塩。こだわりとか違いはよくわからないが、雰囲気的にかっこいいって思ったのと、なんとなく美味しそうな気がしたので、試しに『異世界』へ持ってきたのだ。それを使った。
「ふあーー、スッキリしたーー」
アイちゃんの声。さっき未玖と一緒にテントに入っていって、濡れた服を着替えて出てきた。未玖もさっぱりした感じになっている。
そして雨のせいもあってか、結構冷えるので、2人はブルブルと身体を震わせると、直ぐに焚火の方へ駆けて行って炎に両手を翳した。
「さぶーー!! 結構冷えるね、未玖」
「はい、雨も降っていますから、余計に寒さを感じます」
おっ。アイちゃんと未玖の距離が、近くなっている。最上さんと小貫さんの所へお邪魔して、2人に生け簀で魚の手づかみを頼んだけど、それがいい方へ転がったのかもしれない。
2人が仲良くなっているのを目にして、微笑ましいなあって思っていると未玖と目があった。未玖は、こっちに駆けてくる。
「ゆひひろさん!」
「もう少し焚火の前にいた方がいいぞ。風邪を引くかもしれないしな」
「はい。でもゆきひろさんは、服が濡れたままです。着替えないんですか?」
「ああ、ちょっと寒いけど、焚火の前にいればそのうち乾くし。それに今日はここで一日過ごそうと思ってはいるけど、一応拠点内も後で見回ってこないとだしな」
空を見上げる。
木の枝の隙間から、どんよりした黒っぽい雲が見えた。大空を覆っていて、太陽は見えない。
「雨もいつまで降り続けるか解らないし、このまま振り続けるならどうせまたビショビショになるし……だから、これでいいかな」
「そ、そうですか」
「なんだ?」
「じゃあ、くれぐれも風邪を引かないようにしてくださいね」
「ああ、ありがとう」
未玖と話していると、焚火に当たっていたアイちゃんもこっちに駆けてこようとした。
「ちょっと待って。今から、そっちに行くから」
未玖が近づいてきたので、手を繋いだ。引っ張って焚火の方へ移動する。ジュジュジュと食欲をそそる音、滴る魚の脂。
「それじゃ、結構かかっちゃったけど、朝飯にしようか」
「うん。魚ももう全部焼けているよ。はい、どうぞーー」
アイちゃんはそう言って、焼けた魚を手に取り未玖に手渡す。そして俺にもとってくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとう。しかし結構立派な魚だなー。これはかなり美味そうだ」
豪快に被り付く。口の中に、魚の旨味が広がる。最高だ。
「ガブリ! モッグモッグモッグ……うん、めっちゃ美味い!!」
「もっぐもっぐもっぐ、美味しい!!」
「はい、美味しいですね」
未玖が被り付いた魚。齧った所の跡が俺とは違って、凄く小さくて可愛いと思った。俺は父親になった事もないし、妹はいるけど生意気な妹だし……もはや俺は、未玖の事を実の妹とか娘のように大切に思っていると改めて思った。
「ユキ君!!」
「え? あっ、うん! なに?」
「お魚さん、美味しいね!」
「ああ、美味い! 朝っぱらから焼き魚に被り付くのは、ちょっと重いかなーって思ったんだけど、ぜんぜんいけるなー。しかもこの川で獲れる魚は、小骨がほとんどなくていい。凄い食べやすいよな」
アイちゃんは、大笑いした。
「アハハハ、なんかお爺さんみたい」
「はあ? そりゃピチピチって訳でもないけど……そんな事ないよな、未玖!」
もじもじする未玖。
「そう言えば、ユキ君って何歳なんですか?」
「え? 俺?」
頷くアイちゃん。
こういう時、俺は間違っても「じゃあ、アイちゃんはいくつに見える?」なんて返さない。そんなセリフを言い出したら、もう完全におじさんだなーって思って。しかも面倒くさい人だと思われてもアレだしな。だから正直に即答する。
「31歳です!」
「へえーー。31歳なんだ! もっと若いと思ってた」
「まあ、気持ちは若くありたいかな」
「アハハハ、なにそれ。でもそうなんだ、ふーーん。じゃあ私と12歳しか違わないんだね」
え? 12歳しか違わない? っていう事は、アイちゃんはまだ19歳なんだな。あとさっき12歳しかって聞こえたけれど、聞き間違いかなと思った。普通は、12歳もってこたえるんじゃないだろうか。
「それじゃ、ついでに聞きたいんですけど、いいですか?」
「ああ、なにかな?」
最初にアイちゃんと会ったのは、ゴブリンの巣でだった。アイちゃんはゴブリンに身体を拘束されていて、拷問のような酷い目にあわされていた。他にも同じようなことをされている転移者がいたけれど、アイちゃん以外は皆、殺されていた。
アイちゃんは、ゴブリン共に右目をえぐられて光を失った。幸い、他の傷は綺麗に治る傷ばかりだった。
だけど心には、あの時の恐怖や深い傷が刻まれている。
スマホを既に失い、もとの世界へも戻れない彼女の事を、俺達は助けなければとその時に思った。だけど、目をえぐられるなんて、想像を絶する恐怖を感じただろうし……精神的にも回復するか心配だった。
だけど今は、こんなにも明るくなってよく笑っている。
「それじゃ、聞いちゃおう。ユキ君は、彼女さんいるんですか?」
「は?」
「ユキ君、今付き合っている女の子いるのかなーって思って」
「え? なんで?」
アイちゃんは、顔を仄かに赤らめた。え? この質問はもしかして……でもそんな事、ある訳がないんだからと考えて混乱する。そんな俺にアイちゃんは、更に迫ってきた。
「どうなんでしょうか?」
「え? いや、別にいないけど……なんで?」
「それだったら、私……」
「きゃあああっ!!」
バシャアアアア!! カランカラン!!
お湯を沸かそうとして焚火にかけていたポットを、未玖がひっくり返した。未玖は、謝ってポットを拾う。
「ご、ごめんなさい!! 手が滑ってしまって! 直ぐに水を……」
「大丈夫、大丈夫。ほら、雨が降っているんだから、蓋を外しておいておけば直ぐにポットに水が溜まるから」
「そ、そうですね」
「よし、ちょっと珈琲飲んだら、ちょっとまた辺りを見てこようかな。また直ぐに戻ってくるから、アイちゃんと未玖はここにいてくれ」
「うん」
「は、はい」
なぜだか唐突に未玖がポットをひっくり返して、ホッとした。
アイちゃんからすれば、俺なんておじさんだろうし、まさかとは思うし絶対勘違いに決まっているだろうけど……それでも、なんとなくホっとした。




