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Phase.325 『未玖と愛』



 ――――陣内と成子を弔ってやった翌日、土曜日の早朝。


 昨日俺は、草原エリアにテントを張ってそこで眠った。寒さで目が覚める。起き上がり、テントからゆっくりと顔を出した。霧。


 ここの所は、早朝は濃霧が辺りを包み込んでいる。数メートル先はどうなっているのか解らない位に白いし、なんとなくその向こうでは得体の知れない何かが、こちらを睨みつけているのではないかと不気味に思えた。


 大きなあくびを放つと、腰に剣と鉈とナイフ、それに銃を装備して表に出た。


 軽くストレッチしていると、後ろから声がした。てっきり、未玖かと思ったけど違う。


「おはよう、ユキ君」


 元気な声。振り向くと、そこには田村愛ことアイちゃんが立っていた。彼女が失った右目、そこにしている眼帯が目に入る。彼女はもう、すっかりと気を取り戻したみたいで良かった。だけど……


「これからのユキ君の、ご予定を聞かせてくださーーい」

「え? なんで?」

「え? なんで? ってそんなの、一緒について行くからに決まっているでしょ」

「え、ついてくるの?」

「そのつもりだけど……駄目?」

「いや、駄目って訳ではないけど……」


 アイちゃんは、泣きそうな顔で俺を見てきた。


 ふーむ、まいったな。アイちゃんは、すっかり元気にはなった。


 最初ゴブリンの巣で彼女を見つけた時は、彼女はそりゃ酷い拷問のような事をゴブリンにされていた。あの時は、なんとか助ける事ができたらと思った。


 そして助ける事ができると解った後、今度はゴブリン共に引き裂かれた心を少しでもこの拠点で癒す事ができればって思っていたんだけど……喜ばしい事には違いはないんだけど、今は予想以上に回復をして俺に度々こうして付きまとってくる。


 彼女はとても可愛いし、実際もとの世界でも凄くモテそうには見える。俺だって女の子が嫌いな訳じゃないし、こんな可愛い子に付きまとわれれば悪い気はしない。だけどなー、俺にはやる事がある。


「それじゃ私、決めました!」

「決めたって何を?」

「今日は土曜日ですし、ユキ君ずっとこの『異世界(アストリア)』にいるでしょ? だから私、今日は一日ずっとユキ君と一緒にいて、ユキ君のお手伝いしますね」

「いや、そうは言ってもねー」

「駄目ですか?」


 また泣きそうな顔で迫ってくる。どうしようか。手伝ってくれるっていうのなら、手伝って欲しい事もあるにはあるんだけど……でも今日一日、ずっと後をついてこられるっていうのもなんだか落ち着かない。


「ゆきひろさん」

「お?」


 さっきと同じように、声のした方へ振り向く。するとそこには、未玖が立っていた。未玖は、俺を見た後にじっとアイちゃんを見つめた。辺り一面を覆っている濃霧は、更に一層濃くなった感じがした。


「た、田村さんですか?」

「うん、おはようございます。田村愛です。アイって呼んでください。あなたは、菅野未玖ちゃんね」

「は、はい、菅野未玖です。お、おはようございます」


 頭を下げて挨拶を返す未玖。そしてまだアイちゃんとぜんぜん会話もしていないせいか、緊張している様子。俺は、未玖の緊張をとろうとして、少し明るい声で言った。


「そうだそうだ。俺も言ってなかった。未玖、おはよう」

「は、はい。おはようございます、ゆきひろさん」


 未玖のはにかんだような表情を見ると、癒された。なんか、今日も一日頑張るぞって気持ちになれた。それをアイちゃんに気づかれたのか、脇腹をつつかれる。俺は「うおっ」とか変な声をあげてしまい、彼女から距離をとった。そしてこのちょっと変な空気を誤魔化す為に、二人に言った。


「さて、それじゃこれから俺は、モーニング珈琲を楽しもうかと思うんだけど、二人供一緒に飲まないかな」

「うん、頂きます!」

「い、頂きます」


 ふーーむ、どうしたものか。仲がいいのかどうか。まあ、でも俺と鈴森もそうだったし、時間が解決してくれるだろう。気がついたら、北上さんや大井さん達みたいに、この二人も今より仲良くなっているだろう。


 その証拠に、未玖も最初は他の人とちゃんと会話する事ができなくて、なかなかまともに話ができなかった三条さんとだって、今はもう大の仲良しになっている。パブリックエリアで一緒に店をやっている時は、二人で何か会話して笑っている姿も何度か見かけた。


 未玖の場合は、要は慣れなんだよなー……って思った。


 テントの前で焚火を熾すと、その前に座るといいと二人に言った。未玖もアイちゃんも頷いて、俺の正面に座る。困っている感じを出しておいて、矛盾しているかもしれないけど、やっぱり翔太や鈴森たちと違って、こうして目の前に女子がいると花があっていい感じだ。


 まあ、未玖は俺にとってはもはや大事な妹みたいなものだけどな。だから可愛い妹だ。


 予めペットボトルに入れておいた川の水。それを手鍋に入れて焚火にかけた。


 水が沸騰するまでに、マグカップを3人分用意し、同時に珈琲を淹れる準備もする。お湯が沸いたら、珈琲をおとしてそれぞれの前に置いた。


「どうぞ」

「頂きまーーす! うわーー、珈琲のいい香り!」

「い、頂きます」


 二人供、美味しそうに珈琲を飲んでくれた。


 すると、空からポツリと水滴が落ちてきた。


 あれ、今日は雨になるかもしれないな。


「やだ、ちょっとポツリと来ちゃった。雨が降るかもですね」

「そうだな。珈琲飲んだら、テントを畳んでちょっと雨に濡れにくい場所に移動しようか」

「はい!!」

「未玖もいいだろ? それとも店に行く?」

「いえ。きょ、今日は志乃さん達が、お店を見ててくれるみたいだから」

「そうか。それなら今日は一日、未玖もゆっくりすればいいよ」


 そう言って未玖の頭を撫でると、アイちゃんも頭を差し出してきた。ふーーむ、どうしたものか。なんか、この子といると、いつもの調子を崩されているような……そんな気分になった。

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