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Phase.319 『田村さん』



 トイチと成子。二人とも、自分はゾンビに襲われ負傷はしたものの、噛まれてはいないと言った。


 それが嘘か本当か――本人はそう思っていても、知らずのうちに噛まれていた場合もあるんじゃないか。そういうと、彼らは反論せずに俯いて話を聞いてくれた。


 ゾンビに襲われて噛まれた陣内が、戸村さんと同様にゾンビになってしまった事。やはり……という思いが隠し切れない。でも決断をしなくては、ならない。


 それで不死宮さんと話し合った結果、トイチと成子には、ゾンビに襲われた時にできた怪我が完全に治るまでは、不死宮さんの小屋にいて欲しいと伝えた。二人は頷いてくれたものの、やっぱり不安な表情を見せた。当然だと思う。


 同時に不死宮さんに、二人の事を頼んだ。もしもゾンビになる何か兆候、そういうのに感染してしまっていたのであれば、どうにかしてそれを治療できないかなど。


 それで何か協力が必要になれば、なんだって協力するし他のクランメンバーにも手伝わせると言った。不死宮さんは、できる限り全力を尽くしてみると言ってくれた。


 


 


 ――――翌日、木曜日。


 いつものように仕事から帰宅すると、『異世界(アストリア)』へ向かった。やはり二人の事が気がかりだった。俺がいない間に、何かしら事件が起きてなければいいんだけどな。


 転移するなり、不死宮さんの小屋へ向かう。すると小屋の前には、トモマサはいなかった。


 中に入ると、昨日と同じく不死宮さんの他に青木さんがいた。なるほど、トモマサもずっとここに張り付いていられないだろうし、青木さんがいるからな。大丈夫だろうと思ったのだろう。


「どうかな? 二人の様子は?」

「そうね。あまり具合は良くないみたい。十河君は、噛まれたけれど……それは来ていた衣服とリストバンドの上からだった。そして成子君が負っているのは、噛まれた傷ではないけれど、やっぱり噛まれた痕に負った傷かもしれない。後、二人とも身体には、引っかき傷のようなものもあったわ」

「引っかき傷!? そ、それってゾンビに……」


 頷く不死宮さん。


「噛まれたら感染するというのは、昨日の陣内君の事を含めて考えると、その可能性は濃厚だと言える。私もそう思うわ。でももしも、噛まれる以外にも爪で引っかかれたりしても、ゾンビになってしまうのだとしたら……」

「……二人の状態は?」

「正直、悪いわ。もしも自分がゾンビになったらって考えると、憂鬱になるのは当然だと思う。けれど、さっき見つけた引っかき傷なんだけど、その辺りが少し紫色に変色してきているようなの。色々な薬草を使用して試してみてはいるけど……」

「そうか……解った。何か他にできる事があったら言ってくれ。後で長野さんとか、パブリックエリアを利用してくれているお客さん……他の転移者にも、何かいい知恵がないか聞いてみるよ」


 不死宮さんは、頷いた。


 俺は昨日から不死宮さんの助手をしている青木さんにも、「よろしくお願いします」と頭を下げると小屋を出た。


 すると直ぐに後ろから青木さんが追ってきて、俺に言った。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 椎名さん!」

「なんだ、どうした?」

「実は、他の奴らにも会ってやって欲しい」

「他の奴ら?」


 言って、あの3人の事だと気づいた。


「愛と亜里香と由敏だ。3人共、ゴブリンの巣から助け出してくれた椎名さんには、ずっと感謝していた。あれからずっとだ。でも色々あって、まだちゃんと御礼ができてないって呟いていた。だから見かけたら、話を聞いてやって欲しい」

「ああ、もちろん。青木さんも含めて、皆はもう俺達の仲間だしな」

「ありがとう。特に愛は、椎名さん椎名さんって、ずっと椎名さんの話ばかり。でも、椎名さんは忙しそうだからって話しかけたいけど、なかなかできないって言っていたから」

「あははは、そんな同じクランメンバーなんだから、遠慮しなくてもいいのに」


 愛――確か、名前は田村愛だ。ゴブリンに捕らえられて、巣でゴブリン達にいたぶられていた。


 見つけて救おうとしたときには、もう右目をえぐられていて片方失明していた。だけど、その命を助ける事はできた。


「それじゃ、愛はきっとこのスタートエリアにいると思うから、良かったら声をかけてやってくれ。忙しいとこ、引き止めて申し訳なかった」

「だから、そんな遠慮いらないって。仲間だろ。解った、声をかけてみる。それじゃ――」


 不死宮さんの小屋から丸太小屋の方へと移動する。ここスタートエリアは、俺達の拠点がスタートしたエリア。木々に囲まれている、拓けた土地で結構広い。


 今は唯一あった丸太小屋の他にも、例えば不死宮さんの小屋と同じ感じのものがいくつかと、テントやらタープやらが張っている。


 そのテントの一つ。ちょっと離れたそこに、田村愛を見つけた。俺は早速、彼女に近づいて声をかけた。


「おおーーい、田村さん」

「え? あっ!! 椎名さん!!」


 田村さんは俺を見つけると、慌ててこちらに走ってきた。


 少し離れた距離からだった事と、なぜか全力で駆けてきた為、彼女は息を切らしていた。しかもどういう訳か、とても嬉しそうな顔をしている。なぜ? 俺達がゴブリンの巣から彼女を助け出したから? そう考えるなら、合点がいく。


「田村さん、もうすっかりと元気になったようだね。良かった」

「この右目以外は、すっかり……ですかね」


 田村さんは、右目を失っている。だからこんな事を思うのは、不謹慎かもしれない。だけど眼帯をして、にっこりと笑う田村さんの顔を見て、俺はちょっと彼女がかっこいいと思ってしまった。


「あの時は、助けてくれてありがとうございました!」

「いえいえ」

「それで、厚かましいのですけど、お願いがあります」

「え? なんでしょうか?」

「椎名さんの事、美幸さんや海さんみたいにユキ君って呼んでいいですか?」

「は?」

「あと、私の事は愛って、呼び捨てにしてください。絶対これはお願いします!」

「で、でもそれは……まだ会ったばかりというか……」

「ユキ君、もう私達の事、仲間だって言ってくれました! 駄目ですか?」

「えーーー、いや、それは……」


 田村さんってこんなキャラだったのか……っと衝撃を受ける。困った。その辺に翔太は、いないのか。これは、ちょっと助けが欲しい。


 田村さんは、キラキラと光る左目で俺をじっと見つめていた。

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