Phase.318 『十河と成子 その2』
トイチから、状況を確かめた。
「お、おお、俺は噛まれてねえ! 本当だ!」
「そうか……でもあの時、噛まれたって言ってなかったか?」
「そ、それは、あれだ! 取り乱していたんだ。自分で何言っていたかなんて、解らねーよ。本当だ、俺は噛まれてねーってば!」
不死宮さんと顔を見合わせる。そしてトイチの腕の包帯へと目線が移る。
「……腕の治療をした時、彼には歯型のようなものがあったわ」
「な!!」
「何を思ったのか、自分で腕を噛んでしまった……っていうのでなければ、間違いなく噛まれていると思うけど……」
不死宮さんのその言葉に驚く。嘘だろ、トイチも噛まれた。じゃあ、ゾンビに……いや、まだ答えを出すには早い!! この『異世界』のゾンビが、必ずしも襲って噛みついた相手を、死に至らしてゾンビにするとまだ決まった訳じゃない。
「違う!! 違うんだ!! これは噛まれたけど、噛まれたあとじゃない!! 信じろ、信じてくれよ、椎名さん!!」
「信じたいけど、それは噛み後なんだろ? なんなら、もう一度それが噛み後に見えるか、俺と不死宮さんで確かめてみようか」
「だから違うって! これは噛まれたけど、噛み痕じゃねーんだよ! っていうか、噛み痕かもしれないけど」
再び不死宮さんと顔を合わせる。まいった、どういう事だ。
「取り乱しているのは、見て取れる。だけどしっかりしろ。そしてちゃんと説明しろ。トイチが今言っている内容、もう一度自分でよく考えてみろ。まるでなぞなぞだぞ」
そういうと、トイチは黙った。何か必死で考えている。
俺はトイチが頭の整理ができるまで、先に成子に話を聞こうと思った。成子に話かけようとすると、その前に不死宮さんが言った。
「成子君は、ゾンビに噛まれたのかどうかは解らないわ。手足を怪我しているけど、少しえぐられた傷痕になっていてね。もしも噛まれていると推測するならば、直後に何処かで更にその部分に怪我を負った。そう考えられるけど……本人は、否定しているから」
「どうなんだ、成子? お前は噛まれたのか?」
「お、俺は噛まれてないッスよ! これはゾンビと取っ組み合いになって、それで転がって近くの岩にぶつけてえぐられたんス! 本当ッスよ!」
「あのな、成子。ゾンビに噛まれたらゾンビになる……っていうのは、もとの世界での映画とかゲームの話だろ? この『異世界』のゾンビに噛まれたからってゾンビになるとは、限らない。でも毒に侵されるとか、何か別のなにかよくない事が起きるかもしれない。だから正直に話してほしい」
成子は、頭を左右に激しく振った。
「だから正直に話してますって。俺の怪我は、岩にぶつけてえぐられたもんッスよ。だいたい、噛み痕なんてなかったでしょ? ねえ、鬼灯さん!」
「ええ、見た目では、噛み痕は見当たらなかったわ」
「ほらね、言った通り。この傷も直に良くなる」
「でも噛まれていないとは限らない。あなたの言葉を信じればそうかもしれないけど、あなた自身が気づいてなかったって事も十分に考えられるから」
「はあ? なんだよ、そりゃ」
「成子君はゾンビともみ合いになった。それで倒れて、岩で腕と足を怪我をした。その最初にもみ合った時に、その後すぐ怪我をした場所。そこを既に噛まれていた、もしくは少しでも歯を突き立てられていたって可能性も考えらるから」
「だから、噛まれてないって……」
まいった。これじゃ、真実は解らない。困ってなんとなく青木さんの方を向くと、彼も困った顔をした。その時、トイチが声をあげた。
「そうそうそう! そうだ、そうだった!」
「どうした、トイチ?」
「椎名さん、俺はゾンビに噛まれた」
「な……それじゃ……」
「だけど、違うんだ。ゾンビの力は結構凄くてよ、噛まれた時に腕を潰されるかと思った。だけどよ、その時にそのゾンビは、これの上から噛んだんだよ。間違えねえ」
トイチが指したもの。枕元にあるトイチのものと思われる、リストバンドだった。
「これだ。しかも服の上から噛まれた。すげー歯の力で、服とリストバンド越しでも潰されるかもって程で、歯で押されて肉が避けて出血した。だけど、直接は噛まれていない。そういう事だ」
「なるほど……でも、二人に言っておくけど、噛まれたからと言って、ゾンビになるとはまだ決まっていない。だから二人とも、できるだけその時の事を思い出して、正直に話してくれ」
先に言ったように毒に侵されていた、なんて事だったら治療をしなくてはならない。だけどここには医者もいないし、そもそも異世界の毒に侵されても、もとの世界じゃどうしようもないかもしれない。そうなると今、俺達の一番の頼みの綱は、ここにいる不死宮さんだけだ。
そんな不死宮さんも徐々に、この世界の薬草やらを色々と研究してくれて、薬なども作ってくれているけど……ゾンビに対しての知識などまだまだ何も解らない。だからできるだけ正確な情報がいるのだ。それがないと、対策も打てないし、助ける事もできない。
バダンッ!!
唐突にこの小屋の出入口の扉が勢いよく開いた。外ではトモマサが見張ってくれている事を皆知っていたのに、もしかして魔物か何かが入ってきたのかもとビクリと驚いてしまう。
「ユキー―!!」
「翔太か、驚いた。そんな血相を変えて何かあったか? もしかしてゴブリンが攻めてきたとかか?」
「違う、昨日のアレだよ!」
「アレ? ゾンビ?」
「ああ、今1体だけ現れて、美幸ちゃん達と倒した」
「外へ出たのか?」
「仕方ないだろ? 真っすぐにこの拠点に向かってきてたんだからよ。でも倒して、直ぐに拠点の中へ戻ったからよ」
「そうなんだ。でもそれだけじゃないんだろ?」
翔太の顔がそう告げていた。ゾンビが1体だけここへ向かってきただけでこんなに取り乱したりなんかしない。
「ああ、そうだ」
翔太は、小屋の中で横になっているトイチと成子に目をやると、俺に手招きして小屋の外へと誘いだした。そして小声で言った。
「そのゾンビは、陣内だった」
「なんだと⁉ ででで、でも陣内は⁉」
動揺してしまった。しっかりしろ、俺!!
そうだ、ゾンビなら頭部を破壊すれば倒せる。それは同じだった。陣内の首を俺は刎ねたはず。
「どうしてか、解んねーけど陣内は首無しで歩いてきた。そして手には、自分の首を持っていて……それで首無しゾンビが、陣内だと解ったんだ」
「な……そ、そんなこと……じゃあ、どうやってその陣内だったゾンビを倒したんだ?」
「手に持っていた頭部を美幸ちゃんが射抜いた。それで終わったよ」
やはり、頭を破壊すれば倒せる……でも、完全に頭と身体が離れてしまっているのに、陣内は動いていたなんて……
この『異世界』のゾンビは、俺達が映画やゲームで知っているゾンビとは違うかもしれない。
だけど同じところもあった。陣内は、噛まれた。それでゾンビになったのだ。




