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Phase.317 『十河と成子 その1』



 課長の山根に嫌がらせされつつも、翔太のお陰で仕事はなんとか定時に終わらせる事ができた。


 しかしこんな嫌がらせが続くようなら、少しでも早くこんな会社を辞めてしまって、異世界生活一本にしてしまいたいと考えてしまう。いずれにしても、もう暫くの辛抱だ。


 いつものように帰宅後、『異世界(アストリア)』へと転移する。


 本日は、一週間の真ん中――水曜日。今日は全員が、『異世界(アストリア)』にあるこの拠点に集まる事になっていた。


 それで早速全員に集合を呼び掛け、これからの事や今気がかりになっている事を話し合う。そう、ゴブリンやコボルトの襲撃、近くにいるだろう、懸賞金のかかった魔物やトロル、更に昨日、衝撃的な事件が起こってしまったけれど、ゾンビの事などだ。


 この『異世界(アストリア)』でゾンビになる条件というのが、まだはっきりとしていなかった。


 昨日、陣内が死んだ。その時にそこにいた者。トイチと成子には、今日は学校を休んでもらった上で、もとの世界へは戻らないでいて欲しいと言って、この場所で大人しくしてもらっていた。


 なぜか……そう、俺も翔太もこの事が一番気になってしまっていたから。ずばり一言で言ってしまうと、2人はゾンビへの感染の疑いがあるから。


 トモマサは、昨日の陣内が死んだ件を説明すると言った。噛まれたりした者が、本当にゾンビになるのかと……正直、ゾンビが話題になり始めたのって映画だと思う。それからテレビゲームなどによって、ゾンビという名は一躍とんでもない知名度となった。


 そんな昔から、映画等で俺達が知っているゾンビの増殖方法。それは、人に感染するのだ。相手を噛む事で、その相手は何らしかのウイルスのようなものに感染し、やがて死んでゾンビへと変化する。


 …………


 この『異世界(アストリア)』にも、ゾンビが存在する。昨日のゾンビ、あれに噛まれたから、噛まれた者もゾンビになるのか。それはまだ、はっきりと解ってはいなかった。


 昨日ここへやってきた、ゾンビ化した市原の仲間達は、既にコボルト討伐の際に死んでいた者達だった。


 もし、あいつらが噛まれてゾンビになったのだとしたら、どういう理屈になるのか。あの場所は危険だった。だから市原達に言って、死んだ者を簡単に埋葬させた。でもそいつらが、昨日ここへ襲撃してきたのだ。


 何処からかやってきたゾンビが、埋めた市原達の仲間を掘り起こして齧った。噛みつきで感染したというなら、それしかないと思った。


 そして、今一番問題になっている事。昨日ゾンビが襲撃してきた時に、陣内はゾンビに喰われて殺された。そして助けようとしたトイチと成子も怪我をした。それが二人をもとの世界へ戻さない理由。二人は感染しているかもしれない。


 とりあえず昨日から、あの二人を不死宮さんの小屋に連れて行って閉じ込めている。怪我の治療や、何か変化が怒らないか観察する事もできるから。


 皆で集合し、色々あった事など互いに報告して話し合った後、俺は早速、スタートエリアにある不死宮さんの小屋へと向かった。


 小屋の外にはトモマサがいた。座り込んで、林檎を美味しそうに丸かじりしている。


「トモマサ」

「おおー、これはリーダーじゃねーか。どうした? 不良共の様子を見に来たのか?」

「ああ、そうだ。っていうか、お前だけなのか? てっきりトイチや成子の事を心配して、大谷君やモンタ達もここへ来ていると思っていたけどな」

「ちょっと前までは、そこにいたぞ。でもあいつらが最近住処にしている、羊の住処エリア。あっちへ戻れって言って、追い返した」


 なるほど。これは、トモマサの優しさ。決して意地悪などではない。


「ありがとう、トモマサ」

「なーに。もしもの場合、あいつらに友達を殺れって言えないからな。だからこそ、代わりに俺がいる訳よ」

「そうか、頼りになるな」


 小屋に入ろうとすると、トモマサが続けて言った。


「……もしも。もしもだ。もしも、運が悪かった場合、最悪の事になった場合……小屋の中にいる鬼灯は危険だ。もしそうなった時の為に俺はここにいるが……今、中に青木がいてくれている」

「え? 青木さんが?」

「これは、損な役回りだからな。だけど青木もそうだけど、ユキに助けてもらった上にこの拠点の仲間として迎え入れてもらった。だから青木は、その恩返しがしたいんだよ。あの治療を受けている二人には、青木は一応鬼灯の助手として手伝っているって風に伝えているけどな」

「そうか、解った」


 小屋の扉をノックする。


 コンコンッ


「はい」

「椎名だ。様子を見に来たんだけど」


 ギイイッ


 扉が開き、青木さんが顔を出した。


「椎名さん」

「やあ、青木さん。二人の様子を見に来たんだけど、ちょっといいかな」

「どうぞ」


 中に入る。するとそこには、不死宮さんがいた。小屋の中、隅の方にはマットと布団が敷いていて、そこにトイチと成子が横になっていた。二人とも俺の顔を見て、飛び上がるように起き上がった。


『椎名さん!!』

「よっ。二人とも、様子はどうだ?」

「だ、大丈夫だ!!」

「も、もちろん、大丈夫ッスよ!!」


 成子が腕と足を見せた。どちらも包帯が巻かれているが、血が滲んでいて見ているだけでも痛々しい。トイチの方もそう。彼は腕だけだったが、成子と同じく包帯が血で赤く染まっている。


 不死宮さんが言った。


「未玖ちゃん達にも手伝ってもらって育てた薬草、止血効果のあるものも含めて色々と使用はしてみたのだけど、なかなか出血が止まらなくて」

「もとの世界のエイドキットとか、そういうのも使ってみた?」


 頷く不死宮さん。


 二人の傷は、包帯越しに見ても痛々しい。ちょっと聞きにくいけれど、もう一度二人にゾンビに噛まれてそうなったのかどうか。それを今一度、確認しておかなければならないと思った。

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