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Phase.315 『嫌がらせ』



 ――――陣内が死んだ翌日、水曜日。


 仲間が死んだというのに、俺はいつもと変わらずに電車に乗って高円寺まで行き、出社して仕事に励んでいた。


 データ入力の仕事。カタカタと音を立てて、タイピングをする。デスクの上には飲みかけの缶コーヒー。


「おい、椎名。お前、もう少し静かに仕事ができんのかー?」


 顔を上げると、目の前には課長の山根がいた。俺と翔太を目の敵にしていて、いつも虐める。そしてどうも北上さんと大井さんに気があるらしく、いつも二人をやらしい目で見ている。


「なーーんだ、その目はーー? もしかして課長のこの俺に、万年平のお前が何か文句でもあるのか? あるなら言ってみろ? それによっては、お前はクービーだー。フヒャヒャ」


 本当に嫌な野郎だ。だけど、クビっていうのならそれも悪くはない。パブリックエリアでやっている店や、他の転移者に拠点を使わせてやっている料金。その他もろもろの、まあまあの稼ぎ。そろそろ『異世界(アストリア)』の稼ぎだけでやっていけるかもって感じだったから、いいタイミングかもしれない。


 こんな所で一日、やりたくない仕事と向き合っているようりは、その時間を『異世界(アストリア)』で過ごした方が、どれほど充実した人生を送れるか。


 バンッ!!


 山根は、手に持っていたファイルの束を、思い切り俺のデスクに叩きつけた。


 それを見ていた、隣のデスクに座っている翔太が立ち上がろうとした。手にはペン。しかも、まるでナイフでも持つかのような握り方。おいおいおい、鈴森じゃないんだからそれはないと思うけれど、ここではやめろよ。


 一瞬、山根に対して殺意というものが沸いてきていたけれど、それを封じて翔太にやめろ、落ち着けと目でサインを送る。


 通じたのか、翔太は山根に気づかれる前に、自分の椅子に座りなおした。その際に、気づいていない山野背後から変顔をして挑発している。まったくもう、こいつは……


「なんですか、このファイルは?」

「あーーー? お前アレだな。なんだか最近、とんでもなく偉そうだな」

「そうですか。それは自覚なかったですけど……でもそう感じさせてしまっているなら、すいませんでした」


 パシッ!


 山根に軽く頭をはたかれる。これはもう怒っていいと思った。だけどこんな時になぜだかは解らないけれど、あの不良の顔……陣内の姿が頭に浮かんだ。あいつは、市原の仲間だった。だけどモンタとかと同じく、実はいい奴だった。


 陣内は死んだ。陣内に比べれば、こんな山根……消しゴムのカス位のものでしかないと思った。


「いいかー、あまり課長の俺に対して、調子乗るなよ。なんなら俺の社長への一言で、お前をクビにしたり減給したりできるんだからなー」

「山根課長。一応言っておきますけど、これ以上減給されたら生活できないです。もう俺は31ですし、将来の事を考えて貯金とか積み立てとかもしなくてはいけないですし……でもその金もひねり出せないってなったら、流石に辞めますから」


 淡々と言い返した。だけどこれには、山根も後ろで聞いている翔太も、開いた口がふさがらなかった。俺がこんな態度で言い返すなんて、思いもしなかったのだろう。


 少ししてまた山根の手が飛んできたので、今度はサッと避けた。これがゴブリン相手だったら、反撃して剣で突き殺している。


「そのファイル!! 中をよく見て、全部今日中に打ち込んでおけ、いいなー!!」


 山根はそう言って俺を睨みつけると、向こうへ歩いて行った。入れ替わるように翔太が近づいてきて、耳打ちするかのようにして言った。


「あいつ、ほんとムカつくよなー」

「まあ、でも我慢だな。俺達には『異世界(アストリア)』がある。そのうち、ここを辞めてあっちに一本化する」

「そしたら山根を攫って、どうにかしてあっちへ連れていくか?」

「え? あっちって?」

「そんなの『異世界(アストリア)』に決まってんじゃん。あっちの世界は、法律なんてないからな。あえて言うなら俺達がルールだ」

「なんだか、世紀末みたいなセリフだな」

「だってそうだろ? でもそうすりゃ、あっちで山根にうんと後悔させてやるって事もできるぜ。これまでの俺達への嫌がらせを、全額清算って感じでな。ヒャッヒャッヒャ」


 翔太の言葉を聞いて、一瞬ぞわっとした。確かにそれが俺達にはできる。だけど、嫌がらせをされたからって、その相手を殺したりするまでは流石に……


 …………


 陣内の首を刎ねた。いや、あれはゾンビだった。俺はゾンビの首を刎ねて仕留めたんだ。なのにあの時の感触が……いつまでも残っている。


 翔太が俺の肩をポンと叩いた。


「その山根の嫌がらせファイル、俺も手つだってやるよ。だから定時までには確実に終わらせて、未玖ちゃん達のもとへ戻ろうぜ」

「あ、ああ」

「あのなー、ユキー。そのなんだかちょっと青白い感じの顔で解るけど、陣内の事が頭から離れないんだろ?」

「え? いや……うん、そうかもしれない」

「あれはユキーのせいじゃないし、ユキーはゾンビを倒したんだ。そこは間違えちゃいけない。だけど、陣内の事は確かに悲しい事だ。でももう皆、そういう厳しい世界だって解っているはずだろ? 帰れない者もいるけど、陣内はこの世界とあっちの世界を行き来できた。皆、自分の判断と選択で危険な『異世界(アストリア)』へやってきているんだよ」


 翔太に諭されてしまった。


 社内がガヤガヤと動き出す。


「おっと、もうこんな時間だぜ。後半戦、俺が手伝ってやるからよー。とりあえず、昼飯タイムに突入しようぜ」

「りょーかい。それじゃ、北上さんと大井さんを誘いに行こうか」


「アイアイサー!」


 ふざけて敬礼のポーズをする翔太を見て笑うと、俺達は昼休みを取る事にした。

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