Phase.298 『アルミラージ その9』
右脹脛の直ぐ横を、何かが物凄いスピードで駆けて行った。いや、駆けるというよりはまるでロケットが飛んできて、かすめた感覚。その後に痛みが襲ってくる。俺はバランスを崩して前のめりに倒れた。
「ぐはああっ!!」
「椎名君!!」
「ユキ君!!」
追い打ちをかけられないように、直ぐに起き上がる。脹脛を確認すると、出血はしているけれどかすり傷のようで安心した。心配してくれている仲間二人にも声をかける。
「だ、大丈夫だ!! かすり傷だ!!」
「よ、良かった!」
「椎名君、気を付けるんじゃ!! 直ぐにまた襲い掛かってくるぞ!!」
長野さんがそう言った刹那、草むらから大きな角付き兎が顔を出して飛び込んできた。一直線にこちらに向かってくる。俺はアルミラージに向かって剣を構えた。
来る!! 一直線に来る!!
「椎名君!! 正面から張り合っては駄目じゃああ!! 急所をえぐられるぞ!!」
ちゃんと長野さんの言っている事は理解している。もしこのまま正面から攻撃を受けて防ぎきれずにあの角が、俺の心臓や腹に突き刺さったら……内臓をやられれば、死ぬかもしれない。そしたらそれは、アルミラージの思うツボだ。
ギューーーン……
「ユキ君!! 危ない、避けて!!」
「椎名君!! 向かってくるぞ!!」
モンタを襲った時、モージを襲った時、そして今さっき俺を襲った時もそうだった。こいつの突進はとても恐ろしいけれど、攻撃は極めて単調で一直線。兎に向かって言うことなのか解らないけれど、猪突猛進とはこのこと。
いくら突進してくる勢いが凄くても、拓けている場所なら突っ込んでくる姿も軌道も丸わかりだし、予め突っ込んでくる場所が解っていれば避けられるはず。
……だとしても、流石にアルミラージといえども、多少の軌道修正はできるはず。だから、ぎりぎりと言わないけれどもっとひきつけてから避ける!!
「うわああああっ!!」
ザシュッ!!
キーーーーッ!!
甲高いアルミラージの悲鳴。考えていた通り、上手くいった。俺はアルミラージの突進を引き付けて、ぎりぎり手前位の距離でサイドへ跳び避けると、再びアルミラージの方へ振り返り、思い切り剣を振り下ろした。
両手で握って渾身の力で振った剣は、見事にアルミラージの首に当たった。勢いよく真っ直ぐに突っ込んできていたアルミラージは、想像もしていなかっただろう上からの攻撃を喰らって、潰された蛙のように地面に突っ伏した。そこへもう一度、剣を振る。
「たあああああっ!!」
ドガッ!!
アルミラージの首を斬った。夥しい程の出血。アルミラージは絶命した。
「椎名君!! 油断するな!!」
ガサガサガサ!!
キキーーーーーッ!!
「うわあああああ!!」
1匹仕留められた事で、一気に力が抜けてしまっていた。草むらから更に3匹のアルミラージが姿を現してこちらに飛び込んでくる。
ま、まずい!! 一度に3匹はどうしていいか、解らない。
ドスッ!!
キキッ!!
3匹のうち、1匹の身体を北上さんがコンパウンドボウで放った矢が射ぬいた。とんでもない貫通力で、矢はアルミラージの身体を貫通して地面に深々と突き立つ。
「椎名君!! こっちへ!!」
「長野さん!!」
向こうから2匹のアルミラージがこっちへ向かってくる。俺は長野さんの方へ走った。長野さんはコンバットナイフを取り出すと、それをアルミラージに向かって投げる。
グサリッ!!
キーーーーッ!!
アルミラージの悲鳴。長野さんの放ったコンバットナイフが、見事に向かってくるアルミラージの胸元に突き刺さった。しかし残るもう1匹も、対する長野さんも止まらない。鉈。
俺が長野さんの方へ逃げていくと、入れ替わる形で長野さんは俺に向かってくるアルミラージに対して突っこんだ。そして俺と同じく衝突寸前で、ぎりぎりサイドに避けて角をかわすと、鉈を素早く振ってアルミラージの背中に深々と強烈な一撃をおみまいした。
「長野さん!! 大丈夫ですか!」
「ふう……なんとか、上手くいったのう。とりあえず、アルミラージの角は3本ゲットじゃ」
辺りを見ると、確かにアルミラージが3匹転がっている。それを見て急に力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。
「椎名君、休憩するなら一度拠点に戻ろう。これだけいるという事は、きっとまだおるぞ。ここで座り込んだりしていたら、危険じゃ」
「え? ま、まだいる?」
「そうじゃ。まだいる。もしこれで満足して一旦狩りを終えるなら、拠点に戻った方がいいかもしれんな」
「長野さんはどうするんですか?」
「儂? 儂はもう少しアルミラージを狩ってから戻ろうかの。成田君が折角、広い狩場を作ってくれたしの。椎名君は疲れたじゃろ? 美幸ちゃんと一緒に、この3匹のアルミラージを持って戻ってくれていいぞ」
長野さんのその言葉を聞いて、岩の上から北上さんが叫んだ。
「ううーーん!! 私もまだ大丈夫だから!! 考えてみれば、矢を一本射っただけだし、まだまだ元気! 体力は余裕だよ!!」
ふう……マジか。
でも、俺だけ拠点に戻るのは、ちょっとなんか情けないような気もする。
「じゃあ、椎名君。儂と美幸ちゃんは、もう少しアルミラージを狩ってから戻るから先にこの3匹を……」
「待って待って!! 俺もまだやれますよ!!」
「そ、そうか。用心深い椎名君の事じゃから、やれると言えばやれるんじゃろうが……」
「ええ、大丈夫。足もほら、ちょっと斬って血は出ていますけど、既にタオルを巻いて止血していますしね。走ったりもできますよ。だから、3人でやりましょう」
「そ、そうか。それならそうしよう」
「わーーい。でもあまり無理はしないようにね、ユキ君!」
「う、うん、ありがとう北上さん」
気合を入れて再び立ち上がる。すると近くの草むらが、またガサガサと大きな音を立てた。




