Phase.281 『撫で撫で』
スタートエリアに、メリーとその仲間達のストレイシープが集まっていた。
いや、集まっているというか……集められているという方が正しいのか? 兎に角、メリーを含めた28匹のストレイシープを前に未玖が、色々と彼らに言って何かを教えている。
言葉は通じているのか? いや、ゴブリンの巣に行くまでや、行ってからもメリーとはジェスチャーなどである程度は、意思疎通ができた。頑張ればなんとかなる。それを未玖も解っていて、頑張っているのだと思った。
未玖達がいる場所は、丸太小屋から近い場所だった。この周辺は、俺達がコボルトの討伐やゴブリンの巣に行っている間に、留守をお願いしていた皆が総出で、草を除去してくれていた場所なのでとても過ごしやすい。
メエ?
先にメリーが俺に気づいた。
「ゆきひろさん!」
「未玖、早速やっているね」
「え? あ、はい! そ、その……今、皆に色々とこの拠点の事を教えていて……」
未玖が俺に話し始めると、ガヤガヤしていた28匹のストレイシープ達も、静まって全員俺に注目し始める。な、なんとうか、羊達の視線が凄く気になる。
「そ、そうなんだ。それはそうと、全員俺を見ていない?」
そういうと、未玖はストレイシープ達の方を見て笑った。
「きっとそれは、ゆきひろさんの事をここのリーダーだとちゃんと理解しているからだと思いますよ」
「え! マジで!?」
楽しそうに笑う未玖。メリー達を見回すと、確かにじーーっと皆こちらを見つめ注目している。
「それで、未玖」
「はい」
「メリー達は、ここに住みたいって?」
「多分そう思っているみたいです。だから川や井戸など、水の使える場所を教えましたし、井戸や水辺を汚してはいないないとも教えました」
「ほう、もうそんな事を……」
「あと彼らは、肉は食べないみたいで、野菜や果実が好みみたいです。だから、畑の場所も教えて、色々と作業を手伝ってくれたらそれを食べてもいいとも教えました」
「す、凄いな。でもどうやって、そこまで……」
「えっと、言葉もそうですけど……ゆひきろさんと同じです。頑張ってジェスチャーです」
「そうなんだ。それにしても、凄いな。未玖は」
本当に心から感心してそういうと、未玖は頬を少し赤らめてもじもじとした。だから頭を撫でてあげた。
「あっ……」
「あ、ごめん、つい……未玖がよくやってくれるからさ。嫌だったかな」
「いいえ。その……頭を撫でてもらえて、凄く嬉しいです……」
そう言って未玖は、俺の右手を両手で握った。未玖の頭を撫でた右手。
最初に出会った時よりも、未玖はどんどん明るくなって、よく笑うようにもなってきた。それにしっかりもしてきて、それは草原エリアやパブリックエリアで他の転移者相手にお店をするようになってから拍車がかかったように思える。
未玖の成長には、驚かされる。いつの間にか、未玖の事を可愛い妹のように思ってしまっている俺にとっては、とても嬉しい事だった。その喜びを一人噛みしめていると、唐突に並々ならぬ視線を感じた。
はっとして、その方へ視線を向けるとメリー達ストレイシープが未玖の後ろに一列に並んでいた。その光景にぎょっとする。
「え? え? な、なんだこれは!! どういうつもりだ⁉」
未玖も暫く驚いていたけど、やがてその理由に気づいた。列に行儀よく並んで、自分の番が来るまで俺の顔を一線に見つめるストレイシープ達。
そう、これは……
「未玖……これって……」
「っぷ! ゆきひろさん、きっとそうですよ!」
メリー達は、俺が未玖の頭を撫でたのを目にして、自分たちも撫でられたいと思い、俺の前に列を作っていたのだ。なんていうか……これは……
メエエエ。
「ど、どうしよう。未玖」
「フフフ。順番に撫でてあげるしか、ないんじゃないですか?」
「ええーー。28匹も面倒くさい……」
そういうと、未玖は更に笑い転げた。
まあ、これだけ未玖が喜んでくれたなら……かなり面倒くさいけど……まあ、いいか。
俺はメリー達、28匹のストレイシープに向かって言った。
「いいだろう。それじゃあ、今日は特別だ。全員、順番に撫でてやろう。でもアレだぞ。本当は、凄い偉いと思われることをしないと、撫でてはもらえないんだからな」
メエエ!
綺麗な列ができてしまっているし、仕方がない。
俺は目の前に行儀良くならんでいるストレイシープ、1匹1匹の頭を撫でてやった。
正直最初は、面倒くさいと思ったけれど……いざ、撫でてみるとどうだ。メリー達は、羊の魔物だからか、身体にはモコモコの体毛が生えていて、それは頭も同じだった。
撫でてみると、モコモコして凄く気持ちいい。なんていうか、そう! ふんわりしている。
メエエエ! メエエエ!
「はいはい、解ってる! 解っているよ。順番順番!」
そう言いながら、やけに肌触りのいい羊共を撫でつけつつも、未玖を傍に呼んだ。そして未玖にも、その気持ちよさを味合わせてあげようと、メリー達を撫でてみてと進めた。
「わあっ、凄い! 凄くモコモコしていますね!!」
「この辺りだけなのか、『異世界』全域がそうなのかはまだ解らないけれど、夜は結構冷えるからな。メリー達を抱いて寝れば、かなり暖かいかもしれないな」
魔物を抱き枕や、ユタンポにしようと言ったら、それを聞いた未玖はまた笑った。
「そういえば、ゆきひろさん!」
「うん?」
ストレイシープを撫でながらに、話を聞く。
「私の小屋に、兎もいるんですよ」
「兎? そんなのがいるのか?」
「はい。結構なついていて……夜は寒いから、あの子と寝れば暖かいかなーって思って」
「なるほど。それは確かにいいな。暖かい上に、癒されそうだ。俺も兎、捕まえようかなー」
未玖と笑いながらこんな会話を続けていると、あっという間に晩御飯の時間帯になった。今日は、宴だっけな。
辺りはもう真っ暗で、肌寒くもなってきていた。




