Phase.277 『救出 その4』
倒れ込んだ相手に、思い切り棍棒を振り下ろしてくる。俺は、必死になって剣でその攻撃を受け止めた。
ホブゴブリンの放つ一撃は、完全に容赦のないものだった。確実に俺を撲殺するつもりの攻撃。それだけでも戦慄が走る。
ギャギャ!!
「うおおおお!!」
衝撃で手が痺れている。だが我慢して剣を横に振った。ホブゴブリンはその攻撃をかわしたが、俺は思い切って踏み込むと、避けて後ろにさがっていたホブゴブリンの腹に蹴りを入れた。空手でいう、前蹴りのような攻撃。だけど、なんかタイヤでも蹴ったようなそんな感触がした。
ホブゴブリンがゴブリンの上位種だなんて、ファンタジーゲームやその手のラノベやアニメが好きな者なら当然の事で知っている事だけれど、こいつはヤバい。
実際に攻撃を受けてみて、その身体に蹴りを入れてみてヤバさが解った。こいつは、ゴブリンより遥かに強い。
今度は翔太が剣を抜いて、ホブゴブリンに襲い掛かる。しかしホブゴブリンは、まるで後ろに目でもついているかのように、翔太の攻撃をかわすと足に齧りついた。
「あいてててて!! 畜生、この野郎があああ!!」
ギャハハハ!!
長野さんがどうにかしようとしているが、ホブゴブリンは翔太の足に噛みついているからショットガンは使えない。
「いだだだだ!! てめえええ、ぶっ殺してやる!!」
ギャハハ!!
翔太は、剣の柄を両手でしっかり握ると、足に喰らいついているホブゴブリン目がけて突き刺そうとした。するとホブゴブリンは、また素早く動いて扉の外に飛び出した。
慌てて長野さんがあとを追い、ショットガンを放つ。
ダアアアン!!
「長野さん!!」
「だ、駄目だ!! 逃げられた!!」
「畜生、あの野郎、噛みつきやがった!! くっそー、噛みつかれた所、血が出てんじゃんよー。ぜってーぶっ殺してやる!!」
「もういい、翔太。それよりも、捕らわれている人を助けよう」
「……っちきしょー! 解ったよ」
部屋の中をくまなく見て回る。捕まった人達は、檻に入れられている。長野さん、翔太もそれぞれ檻を端から見て回る。
俺も近くの檻から中を覗いた。だけど……もう……
衰弱して死んでしまっている者、身体を切り刻まれてショック死なのか、出血多量なのかは解らないけれど、殺されてしまった人。見る人見る人、ほとんどがもう手遅れだった。
「ユキー!! こっち、こっちに来てくれ!!」
「椎名君、こっちもじゃ! 生きておる人がいるぞ!!」
「な、なんだって? 解った、直ぐそっちに行く!!」
生きている人を3人見つけた。男性2人に、女性1人。見つけた人達は、かなり衰弱はしているし、ゴブリン共にいたぶられたのか怪我もしている。けれど、命には別状はなさそうだ。
メエエエ!!
そういえばメリーも仲間を探して――
「うわああああ、メリー!! お、おまえ!!」
メエ?
翔太の声に驚いて振り返ると、目の前には何十匹と仲間を連れたメリーがいた。少し毛並みや毛色が違うものもいるが、どれもストレイシープという魔物。メリーと同種。いったい何匹いるんだ……
翔太が俺の思っていた事を、口にしてくれた。
「おいおい、いったい何匹いるんだ? ひいふうみいよお……やべえ、ユキー」
「なんだよ」
「発表します。メリーの仲間なんだけど、なんと27匹います。因みにメリーを含めたら、28匹ね」
「いいよ。全部助ける。どうせ、俺達の拠点は、とんでもなく広くなったしな。かまわないだろう。メリー、君らがよければこのまま一緒に俺達と来ればいい」
メエエ。
ちゃんと通じているかどうか。だけど、俺は、ちゃんと言葉にして言った。後はメリーたちが俺達と共にいたければ、このままついてくるだろう。
こ……ころ……ころして……
「え?」
「どうしたユキー? これで全部だ。さっさと、孫いっちゃん達と合流して、拠点に引き上げよう!」
「ああ、ちょっと待ってくれ。何か聞こえた」
こ……ころして……わたしをころして……
「やっぱり聞こえる」
「えーー、俺には何も聞こえなかったけどな。長野さんも聞こえなかったですよね」
「ふむ。どうじゃろう。少なくとも儂には聞こえなかったが、もしかしてまだ誰かいるのかもしれん」
「ええーー? でも檻はこの通り、全部見て回ったけど……」
ころして……
「やっぱり声が聞こえる!! こっちだ!!」
部屋の中、入口から一番遠い場所へ移動する。そして壁に手を当てて辺りを入念に調べる。すると、またさっきの声がした。女の人の声。凄く近い。
探すと、沢山の檻が積み上げられた場所、その前に無造作に転がっている、複数の人間とストレイシープの死体を見つけた。かけより探ると、その中で微かに動いている身体を見つける。女の人。この人だ。
「大丈夫ですか!!」
慌てて抱き起こす。彼女の身体は傷だらけで、顔を見ると、右目を失っていた。きっとゴブリンにやられたのだろう。
「こ、この人……目を……」
「ああ、きっとゴブリンにやられたんだろう」
「お、お願い……わ、私を殺して……」
「駄目だ。俺達はここに助けにきたんだ。殺しにきたんじゃない」
「…………」
そういうと、彼女は俺の顔をじっと見つめ、やがて意識を失った。俺は彼女を背負うと、長野さんと翔太に声をかけると助け出した3人とメリーたちを連れて脱出する事にした。
ここで沢山の人とストレイシープが殺された。だけど、生きていた者もいた。だったら、ここへ来た事は無駄じゃなかった。
今度は、長野さんが先頭に立つ。
「それじゃ、急いで戻るか。いつまでもここにいない方がいい」
「できればこんな所、焼き払ってやりたいが……」
「そうじゃな、じゃが今は助ける事と、儂らが無事に拠点に戻る事を優先しよう。どうじゃ、椎名君」
「ええ、そうですね。解りました」
片目を失い、ボロボロになった彼女をしっかりと背負うと、長野さんの後についた。
翔太は助けた3人を誘導し、メリーもしっかりと助け出した27匹のストレイシープを引率していた。




