Phase.273 『一刻を争う』(▼椎名幸廣)
討ち漏らしていた、懸賞金のかかったコボルト2匹を見事に討伐した。その中の1匹は、コボルトリーダーという上位種で強敵だった。だけど討伐完了。
怪我をした者も出たけど、今度は……死者はでなかった。皆、こうして無事に拠点に戻ってくる事ができた……かに思えたが……
「椎名さん!!」
「そんな血相を変えて――どうしたんだ、有明君」
「良継殿がああ!! 良継殿がいなくなったでござるよおおお!!」
「え? 大谷君が⁉ 一緒じゃなかったのか?」
大谷君、有明君、蟻群の3人は負傷した小田を連れて拠点に戻った。それで拠点まで揃って戻ってこれた所で、大谷君だけが忽然と消えたそうだ。
それから考えられる事。一番可能性が高いのは、ゴブリンやコボルトなどの魔物にやられたかもしれないという事。もしそうだとすれば、周辺に大谷君の死体……無残に転がっているだろう。
ウルフなんかの群れなら、尚更もう目も当てられない位の状態になっている可能性も否定できない。
だけど有明君の話では、彼と蟻群の二人で拠点に戻ってから、その周辺を見て回ったらしいけど大谷君の死体はなかった。
なら……魔物に襲われて、連れ去られた。ゴブリンなどの狡猾な魔物なら、考えられることだとも思う。
「ユキ――!! 良継に何かあったのか?」
「翔太、悪いけど鈴森やトモマサ、小貫さんに北上さん。あと堅吾も。直ぐ動ける者を集めてくれ」
「それって……」
「そなんだ。大谷君だけが行方不明だ。拠点目前までは、有明君達と一緒だったらしいけど、ちょっと目を離した隙にいなくなったらしい。きっと魔物に襲われたんだと思う」
「えええええ!! それ、ヤバいじゃん!! 直ぐに助けにいかないと!! もしかしたら、ウルフとかの餌になってしまっているかもだけど!!」
「そ、そんな事ないでござるううう!! そんな事を、言わないで欲しいでござるよおお!!」
翔太に、有明君が必死になって縋るように言った。
「い、いや、俺は生きていると思うよ。だけどよ……」
「俺も生きていると思う。既に有明君が拠点周辺は探したみたいだけど、死体はなかったらしいから。きっとゴブリンかなんかに捕まって、連れていかれたのかもしれない。兎に角、皆を集めてくれ。急ごう!!」
頷く翔太、そして有明君。
翔太は皆を集めに行こうとした所で、北上さんがこちらへ駆けてきた。慌てている様子。
「ユキ君!! 秋山君!!」
「北上さん!!」
「美幸ちゃーん、どうしたの? 何かあった?」
「ヨッシー、帰ってきてないんでしょ!!」
俺も翔太も有明君も頷く。
「そのヨッシーが帰ってきたの!!」
『えええええ!! 本当に⁉』
安心して、全身の力が抜ける。
「それで大谷君は? 怪我は?」
「ゴブリンに槍で太ももを刺されたり、肩を突かれたりしたらしいよ。出血もしていて……でも大丈夫よ。今は安静にしているし、海やホウっちが手当しているから。今はホウっちの小屋にいるよ」
やっぱりゴブリンだった。
「よし、行こう!! 翔太もついてこい!!」
「よっしゃ!」
「ちょっと待って、あともう一つヨッシーの所に行くまでに、話しておきたい事があるんだけれど」
「え? どうかしたの?」
「うん……」
北上さんの話を聞いて、俺だけでなく翔太に有明君、皆とんでもなく驚いていた。そして大谷君がいるという、不死宮さんの小屋まで行くと、そこには他の皆も集まっていた。騒ぎになっている。
「ちょっと皆、通してくれ!」
「リーダー! 大変なんだ!」
「成子君! 大丈夫、もう北上さんから聞いているから」
不死宮さんの小屋に入ると、中で大谷君が横たわっていた。俺が来たことに気づくと、彼は起き上がって俺の方を向いた。
「あ……椎名さん!」
「無事で良かった。本当に無事で良かった」
本当にそう思った。だけど……目線を少し、横に向ける。するとそこには、なんと北上さんから聞いた通りの魔物がいた。
人型の羊の魔物。それが大谷君の傍らに、ちょこんと立っている。見た目はとても可愛らしく、マスコット的な感じ。それに俺達の注目を一気に浴びてしまっているからか、恐怖で小刻みに震えている。
が、害はなさそうだけど……でも魔物だ。
「大谷君? この魔物は……」
「あ、はい……実は……」
――――――
大谷君から何があったのかという話と、この羊との魔物……既にメリーって名付けたらしいけど、知り合って連れてきた経緯を聞いた。
魔物の話を聞いて、もっと間近で観察したいと鈴森とトモマサ、それに和希がメリーに詰め寄った。
メ、メエエ……
「ほう、確かに危険性はなさそうだし弱そうだ。だが魔物だろ? 椎名、魔物は俺達の敵じゃないのか?」
「敵って訳でもないだろ? 襲ってくれば敵だし、討伐対象だから退治したりはしたけど……こいつをどうこうする理由は、今のところ見当たらないしな」
「なんにしても、美味そうだぜ!! 喰ってみるか?」
冗談とも思えないトモマサの言葉。いや、ジョークじゃないのか?
「もっと調べさせて! 見せてよ、見せてよ!!」
メエエエエエ!!
トモマサと和希がメリーに更に詰め寄ると、メリーは腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。そしてそのあたりが水びたし……
あちゃー、漏らしちゃったか。こうなってくると可哀そうだ。大谷君が慌ててメリーを守ろうとする。
「や、やめて! やめてください! メリーは、僕の友達なんだ!」
『うーーーーん』
唸る3人。
「おい、3人共もう虐めるな。この魔物は友好的なようだし、危険性はないと思う。それにもうメリーって名前もつけちゃったみたいだし、ちゃんと扱ってあげよう」
「リーダーがそういうなら、仕方がないな」
鈴森が腕を組んでそういうと、トモマサと和希も頷いた。そして次の瞬間、北上さんがメリーに抱き着いた。
メエエ⁉
「じゃあ、もうこの子は友達ね! 可愛いーーー!! なにこれ、モコモコーー!!」
メリーに顔をこすりつける北上さんを横目に、鈴森が言う。
「おい、そいつのしっこがつくぞ!」
「はあ? 誰かが怖がらせたからでしょ!! 可哀そうに!!」
北上さんの更に後ろで、メリーを興味深そうに見ている未玖。アハハ、未玖からよっていくなんて珍しいな。
「それで、他にも話があるのかな? 今、話せるなら聞くし、皆も丁度ここに集まってきているから。でも、アレならまた後で」
「はい、大丈夫です。それに一刻を争うことでもありますし」
「一刻を争う!?」
「実は、僕とメリーはゴブリンに捕らえられて、奴らの巣に捕らえられて……そこには、僕たち以外の転移者やメリーの仲間もいて、ゴブリン達に酷い事をされていました。どうにか、助けてあげる事はできないでしょうか」
「なるほど、それなら直ぐに行動した方がいいかもしれない。もっと詳しくその話を聞かせてくれ」
ゴブリンの数やその種類、そしてどのあたりにその、ゴブリンどもの巣があるのか。それらを大谷君に詳しく聞いた。
話によると、捕まった者はかなり酷い目にあっているらしい。こうしている間にも、捕まっている者達が、いたぶられ弄ばれ殺されている。なら、直ぐにでも助けに行った方がいい。
場所はこの拠点の極めて近い場所みたいだし、そんな危険な巣は早めに叩いておいた方がいいに違いない。




