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Phase.272 『あの頃の僕じゃない』



 とんでもない事になっていた。


 僕は椎名さん達と、懸賞金をかけられているコボルトの討伐に向かった。だけど途中、緑色の大蛇に襲われて小田君が負傷した。


 小田君は命に別状はなかったものの、このままコボルト討伐に参加はできない怪我を負ったので、僕とカイと蟻群君で小田君を拠点まで運んだ。


 いや、運ぼうとしたと言った方が正しいかも。


 小田君はきっともう、カイ達によって拠点に運ばれて、治療を受けて安静にしていると思う。だけど拠点を目の前にして僕は、ゴブリンにいきなり後ろから襲われてしまい、気絶させられた。そしてゴブリン達の巣に、連れてこられて檻に入れられていた。


 このままゴブリンに痛みつけられ、徐々に死に至らしめられるだろう環境の中で、なんとか僕は檻から脱出して、巣である洞窟からも逃げ出すことができた。


 だけどあの洞窟には、まだ僕と同じ転移者やメリーの仲間の、羊の魔物が捕まっていて、ゴブリンに今も痛めつけられて無残にも殺されていっている。


 僕には、そんな皆を助けられる力はなかった。せめてなんとか助けだせて、一緒に連れてこれたのは、メリーだけ。


 メリーというのは、僕の閉じ込められていた檻の隣の檻、そこに入れられていた羊の魔物。魔物だけど、とても狂暴には見えない。とても怯えていたし、メリーの仲間がゴブリンに残虐に殺されたのを目にしたから……だから、助けてしまった。


 今もこうして草木が生い茂る中を、メリーの手を掴んで小走りに歩いている。とても小さくて可愛い手。メリーの方に目をやると、メリーも僕の目を見た。つぶらな瞳。


 早く拠点には帰りたいけれど、方向がこれであっているのか解らない。それにメリーは、僕ら人間のように二足歩行ではあるけれど、小さくそれに比例して足も短く、たとえ駆けたとしてもきっと追いつけない。引きこもりだった僕よりも、遥かに足が遅い。体力もなさそうだし、メリーの歩幅に合わせざるおえない。


 メエエエ。


「心配しなくても、君を僕たちの拠点に連れて行ってあげるから。そこは、安全だから。そしたら皆、驚くだろうな。でも、椎名さんっていう、優しくて頼りになるリーダーがいるんだ。あの人なら、理由を話せば絶対君の事を助けてくれる」


 メエ。


「君の仲間は残念だけど、今の僕にはどうする事もできない。でもあそこには、君だけじゃなくて、僕が来た世界の人間も捕まっているみたいだし、椎名さんに話してみるよ。そうすれば、助けに行ってくれるかもしれないから」


 メエエ。


「あはは、大丈夫。なんだかゴブリンに捕まって、思わず吐いちゃう位に怖い思いをした挙句、見たこともない魔物とこんな感じになって変な感じだけど、知り合ったのも何かの縁だからね。僕らの拠点についたら、責任を持って僕が君を守る。虐めないでくれって、説得するからね。坪井さんとか、鈴森さんとかちょっと怖い人はいるけれど、それでも僕のいるクランの皆は、全員優しい人たちだから」


 メ!


 通じたのかな? でも今のはなんとなく通じたように感じた。


「くそー、駄目だ。どっちに行けばいい。いきなり今朝から、周辺の植物という植物が増殖して、急成長したから……何処もかしこも伸びきった草を掻き分けて進まないといけない位だから、先が見えない。ここが何処だか、全く見当もつかないよ」


 ギャギャーーー!!


「ひいいい!! ゴ、ゴブリン!!」


 草の茂みから1匹のゴブリンが姿を現して、とびかかってきた。手には棍棒。それを咄嗟に左腕で受けて頭を守るも、その左腕に強烈な痛みが走る。その場に杖を転がして、斧も落としてしまった。


「ぎゃあああっ!! い、痛い!!」


 ギャギャ!!


 ゴブリンは、そのまま僕に組み付いてきた。足がもつれて仰向けに倒れると、今度は馬乗りになってきたゴブリンは、棍棒を高く振り上げた。


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!! こいつの狙いは僕。僕の顔面がつぶれるまで、何度も棍棒で叩く気だ!! さっきガードした左腕はまだ痛みと痺れがある。骨折はしていないけど、この腕で何度もあの棍棒を受け止められるのだろうか。


 ギャギャーーー!!


 来た、歯を食いしばれ!! ゴブリンが大きく棍棒を振り上げる。僕は両手を突き出して、身を守ろうとした。


 刹那、ゴブリンの身体が横へ飛んだ。


 メエエエ!!


「メ、メリー!!」


 なんとメリーが全力で体当たりをして、ゴブリンを吹っ飛ばしてくれた。だけどダメージはない。ゴブリンは直ぐに立ち上がると、怒りの形相でメリーを睨んだ。メリーは恐怖で震えて動けない。


 折角メリーが与えてくれたチャンス。僕もすぐさま立ち上がると、ゴブリンの棍棒を払い落とすと、そのまま組み付いてまた転がった。そして今度は持っていた錆びたナイフを手に取ると、それをゴブリンの肩に突き立てる。


 ギャアアアアア!!


「うわああああ!! 僕は負けない!! もう、負けないんだああああ!!」


 錆びたナイフで再びゴブリンを刺して、とどめにその脳天に突き立ててやった。パキンと折れるナイフの刃。ゴブリンは吐血すると、その場にドサリと倒れた。


 僕はその場に折れたナイフを捨てると、杖と斧を拾い、メリーの手を再び握るとまた歩き出した。


 メエ?


「ありがとう、メリー。助かった。僕は人間でこの世界の者じゃないし、メリーは魔物でこの世界の者だけど……友達になれない理由にはならないよね」


 虐められていた頃の自分……もう僕は、その頃の僕じゃない。


 『異世界(アストリア)』へ来てから少しは逞しくなった気がするし、小早川にカイ、それにメリーという友人もできた。クランの皆もいるし、僕だってもう戦える。

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