Phase.267 『対コボルト その3』
コボルトリーダーに、脇腹を斬られた。だが俺も腹に剣を突きさしてやった。
あの時みたいに、恐怖で身体が思うように動かない……なんてことはない。怪我を負わされている上に、相手は俺を殺す気できている。なのに、至って冷静に対処できていた。
グルウウウウウ!!
犬の頭が、直ぐ目の前に迫っている。噛みつかれたらどうしようと思った刹那、コボルトリーダーは、狂犬とも思えるその口を大きく開けて襲い掛かってきたので、蹴とばして距離をとった。
ドスッ!
その隙をついて、コボルトリーダーの肩に矢が突き立つ。北上さんの援護。
グオオオオオオ!!
「うわあああああ!!」
悲鳴にも似た雄叫びを上げて、再び斬りかかった。
剣を振り上げた時に、一瞬コボルトリーダーの目が光ったような気がして、身を少し引いた。すると、目の前をコボルトリーダーの持っていた、湾曲の剣が腹部をかすめる。
あ、危なかった!! 思いとどまらなかったら、斬られていたかもしれない!!
「たあああああ!!」
気合を入れなおして、もう一度斬りかかる。
ギイインンッ!!
金属音。未だに信じられない。毎日データ入力の仕事に勤しんで、帰宅すればゲームをやったりアニメを見たり……その俺が、リーダー格のコボルトと実際に剣でこんなにも打ち合っているなんて――
腕に痛みが走る。また斬られた。
「いたっ!!」
腿に脇腹に、腕。気づけば、どこも出血している。躓いてこけたりして、擦りむいた怪我じゃない。剣でつけられた傷だ。だが、どれも致命傷ではない。
俺は思い切り踏み込むと、コボルトリーダーに向けて剣を突き出した。渾身の一撃だった。コボルトリーダーは、俺のその一撃を剣で止めてやり過ごす。
だけど俺は、このまま戦い続けてもジリ貧になるのではと予想をしていた。剣で勢いよく突いた瞬間に、その剣を俺は手放して、コボルトリーダーに素手で組み付いた。
ギャアアッ!!
「おらあああっ!! 覚悟しろ!!」
転倒すると同時に、腰に差していたナイフを抜いて、組み合って転がった状態からコボルトリーダーの脇腹にナイフを2回突き刺した。流石に悲鳴をあげるコボルトリーダー。俺から逃げ出そうとしたので、その背中に追い討ちをかける。後ろから剣で、首を一突きにした。
コボルトリーダーは、吐血するとその場に倒れた。
「やった!! やったぞおおお!! コボルトリーダーを倒した!!」
北上さんが、笑顔でこちらに駆けてくる。陣内も立ち上がってガッツポーズをした。
そして翔太達も皆、この辺りにいたコボルトは全てやっつけたみたいで、こっちに駆けてきた。良かった、皆無事だった。
「ユキ―――!! やったなーー!!」
「やった、やったぞ!!」
「やるじゃねーか。本当なら俺がやりたかったが」
翔太に続いて、鈴森も賞賛してくれた。
「心配しなくても、まだまだこれから活躍する場所はあるからな。だが何はともあれ、この場にいる奴らは、これで全部倒した訳だな」
「ああ、なんとかな」
周囲を確認する。よし、これで拠点に戻れるという訳か。倒した懸賞金のかかっているコボルトをスマホに撮って、運営に送ろうとした所で身体がよろめいた。
北上さんと陣内が、慌ててささえてくれる。
「大丈夫⁉ ユキ君、かなり出血していない? 服にべっとりと血が……手当をしないと!!」
「だ、大丈夫ッスか、リーダー!」
「おい、ユキー―」
翔太達も心配してくれた。
「そうだな、ザックにタオルを入れているから、それを傷口に巻いておこう。拠点に戻れば、手当してもらえるから……それに、ははは……流石に疲れたよ。少しでも早く拠点に戻りたい」
北上さんと陣内が、俺をゆっくりと地面に座らせてくれた。俺は二人にありがとうと言うと、懸賞金をもらう為にスマホを取り出してコボルトを撮影した。そして運営に送信するボタンをタッチすると、転移の時のような光がスマホのカメラから発射して、討伐したコボルトを丸ごと消した。
俺は皆の顔を見回して言った。
「これでよし。それじゃ、戻ろうか」
『おおーーー!!』
今日は、まだ土曜日。陽も落ちてきているけれど、まさか一日で目的達成をできるとは、思わなかった。
皆揃って拠点に戻ろうとした所で、またよろめく。すると北上さんと陣内に代わって、トモマサが肩を貸してくれた。
「ありがとう」
「負ぶってやろうか?」
「いや、それは大丈夫だ」
「しかしアレだな。これで55万獲得か!! 半日で手にした金額としちゃ、かなりでかいよな。どうする? 50万をやったのは、ユキだもんな!」
「俺がやったって言っても、一人じゃ無理だったしな。それに俺達は同じ仲間だろ。だから前回倒したコボルトの分も含めて……トータル65万か。それは、全員の取り分だな」
隣を歩いていた、小貫さんが笑う。
「だとしても、全員で65万を分ければかなり減ってしまうな」
「うん、だからとりあえずは分けずに、クランの資金としてプールすればいいと思う。それで必要なものがあったりしたら、そこから出せばいいし。そのうち、もっとお金がたまったら、皆に分配すればいいし。その方が解りやすいだろ」
「なるほど、確かに」
頷く小貫さんと、小早川君。すると、その横から翔太が手をうるさくあげてきた。
「はいはーーい!! はーーーい!!」
「なんだよ!」
「それじゃさ、俺ちょっと早速欲しいものがあんだけど!!」
「だから、とりあえずは、皆のだっつってんだろ! あ、駄目だ。立ち眩み」
翔太とのアホな会話に、皆大笑い。
しかし魔物の討伐……達成感は、あるな。しかも今度は死人もでなかった。今日は、戻ったら……うん、今日くらいは盛大に宴をやろう。
すっかり目標を倒して気が抜けてしまった俺達は、急いで拠点へと戻る事にした。まあ、鈴森だけはずっと休みなく警戒を続けてくれているけど……
正直、そういう鈴森の性格はありがたい。この周辺には、倒したコボルトリーダー以外にも、危険な魔物が沢山集まってきている。
それに、辺りの植物の急成長も奇妙だった。拠点に戻ったら、あの異常に増えて成長しまくっている草とかを、どうにかしなければならないと思った。




