Phase.258 『林檎』
本当にびっくりした。
拠点内の草原エリアで、畑を作って育てている作物。その全てが、異常なまでに育っていた。
キャベツやニンジン、大根や苺なんかも。そして更に驚いたのは、わたし達の知っている本来の形から逸脱したものや、巨大化したものなどもあった。
「未玖ちゃん!! ちょっとこっちに来て!!」
「は、はい!」
志乃さんの、驚いた声。わたしは慌てて志乃さんの方へと移動する。するとそこには、沢山の木が沢山の実を実らせて生えていた。
「これ、未玖ちゃん! 林檎だよ。あっちのは、ログアップやレッドベリーだけど……こんなに生えて、ちょっとした森みたいになっちゃってる」
そう、ここは草原エリア。なのに草だけでなく木まで生えて……でもなぜ林檎なんかがここに……
首を傾げていると、鬼灯さんが呟くように言った。
「誰かが林檎の種を捨てたのかしら」
「え? 林檎の種をですか?」
頷く鬼灯さん。わたしと志乃さんは、更に鬼灯さんの意見に耳を傾けた。
「ここは『異世界』よ。剣と魔法の世界、そして魔物が徘徊している世界でもある。もとの世界の常識なんて通用しないし、ありえない事が起きてもここでは普通の事。だからこの辺りが一夜にしてこうなった原因については、今直ぐには把握しなくてもいいと思う。特定できないかもしれないし。けれど、ここに林檎の木が生えている理由については、説明する事ができるわね」
「ど、どういう事ですか」
鬼灯さんは、林檎の木に近づくと、枝に沢山実っているうちの一つに手を伸ばしてもぎ取った。それをモンタさんに投げる。モンタさんは、宙に放り投げられた林檎をキャッチすると、早速齧った。
シャリッ!
!!
「うんめーー!! この林檎、なんだかよく解らないッスけど、ちょーうめえッスよ!」
ニヤリと笑みを浮かべる鬼灯さん。
「この世界には、私達が持ち込んできたものと、『異世界』にあったものがあるわ。つまりこの林檎も例外ではないと思う。そして、この辺りには林檎の木なんてなかった。でも、いきなり植えてもいないのに、拠点内に林檎の木が生えてくるなんて理由ないでしょう」
「じゃあ、この林檎はもとの世界の林檎……」
「この『異世界』にも、林檎はあるかもしれない。でもこの拠点内にある林檎は、日本で売られていたものだと思うわ。誰かが林檎をもとの世界からもってきて、おやつとかデザートに食べたのかもしれない。例えば、そこのモンタ君のように丸齧りして、その芯や種をその辺に捨てた。誰か心当たりない?」
確かに思い返すと、孫一さんがゆきひろさんや翔太さんに誘われてこの世界に来るようになった時に、林檎を持ってきて食べていた記憶がある。トモマサさんもそう。美味しそうに丸齧りしていた光景を、目にした事がある。
鬼灯さんの話を聞いている間に、モンタさんはペロリと林檎を一つ食べきってしまった。表情から、相当美味しかったんだろうなって解る。
「すんげー美味いッスよ、これ。もう一つ位、採って食ってもいいッスかね? へへへ」
鬼灯さんと志乃さんが、わたしの顔を見たのでわたしはにこっと笑った。
「い、いいんじゃないですか。勝手に生えて育ったものですし、こんなに沢山実っています。それに向こうにもあっちにも、ちょっと食べきれない量だと思いますし」
「うっひょーーい!! やったあああ!! それじゃ、もぎらせて頂くッスよ」
もう一つ位と言っていたモンタさん。沢山実っている林檎の木から、その実を5つももぎ取ると、それを嬉しそうに背負っていたザックに詰め込んだ。そして更に1つとって、齧る。本当に林檎、気にいったんだなと思って笑ってしまった。
「あっ、未玖ちゃん笑ってる!」
「え? あっ、モンタさん。とても美味しそうに林檎を食べているから」
モンタさんに言われて、よく意味の解らない返答をしてしまう。志乃さんや鬼灯さんも笑った。
とりあえず、畑の辺りはだいたいどうなっているか解った。次は、お店を見にいかないと。志乃さんもそう思ったみたいで、わたしが言おうとした事を、鬼灯さんとモンタさんに代弁してくれた。
草原エリアは、結構な広さがある。
またわたし達は、鉈やナイフを手にして草が広がる場所を切り開きながらもお店の方へと足を進めた。
やがて、草原エリアに建てたお店が見えた。志乃さんが駆けていき、様子を確かめる。
「ここは、大丈夫みたい。周囲は、相変わらずジャングルみたいになってしまっているけど」
「そうですね。それじゃ、パブリックエリアの方へ行きましょう」
パブリックエリア。草原エリアの更に東、拠点を拡張して増設したエリア。
そこにはわたし達の他にも、この『異世界』へ冒険しにやってきている転移者達がいる。そしてその人達は、昨日からここへ大勢やってきていて、この拠点のお客さんになってくれている。
だから今は草原エリアよりも、そっちに新しいお店をいくつか作って、そちらをメインに運営していた。
パブリックエリアに入ると、やっぱり人が沢山いた。他の転移者達。
昨日からのこの異常事態に、きっと拠点の外へ行くのに躊躇して、とどまっている人たち。もしくは、冒険に出るけども、少しだけここで様子を見ている人たちもいるかもしれない。
その沢山いる人たちの中に、成田さんが見えた。こちらに気づいて手を振ってくれている。傍にいるのは、うららさん。
わたし達は、とりあえずパブリックエリアの状況を把握するため、成田さんとうららさんのもとへ行って二人に声をかけた。




